2017年 04月 29日
ロックと私ーロックの系譜雑感ー(その2)
6.70年代前半のロックの開花
TVメディアやオーディオ機器の普及に当たって音楽も巨大産業化しつつあった70年代。ベトナム戦争下の70年代前半は反戦など訴えたグループやアーティストが多かった。ジョンバエズ、ボブ・ディラン、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、ピーター・ポール&マリーなどのフォーク勢やビートルズ、ジェファーソン・エアプレーン、ドアーズなどである。

また、ソウルのエドウィン・スターやマービン・ゲイ、カーティス・メイフィールドもいた。ジョンレノンの「Imagine」は今でも心が打たれる。英国史上最高のシングル曲(ギネス世界記録)に選ばれ「クイーン」の「Bohemian Rhapsody」に続く2位に記録されている。ディープ・パープルの「Child in Time」やブラック・サバスの「War Pigs」もベトナム戦争への反戦歌である。話をハードロックに戻すと70年代はディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどイギリス勢だけで無く、アメリカやカナダ、ドイツでも様々なグループが出現し、バン・ヘイレンやメタリカ、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、カンズ&ローゼズ、ボンジョビ、ジューダス・プリーストなどへの礎を築いた。私が好きで良く聞いたバンドでは、「ハートブレイカー」で有名な「グランド・ファンク・レイルロード」で特にLiveアルバムの「グランド・ファンク・ツアー ’75(Caught in the Act)」はお気に入りで今でも良く聞く。「Heart Breker」「The Loco-Motion」、「We're an American Band」などヒット曲の入ったベストアルバム的な選曲となっており、スタジオ録音盤より迫力がある。特に「Black Licorice」は一聴に値する。Mark Farner (Gu, Org, Vo)、Don Brewer (Dr, Per, Vo)、Mel Schacher (Ba) 、Howard Eddy, Jr.(Key)が一体となってシンフォニーを奏でる。ハワードのキーボードのソロが特に良い。77年に解散してしまうがロック史に残るバンドである。

次は「ブルー・オイスター・カルト」で今では古臭さもあるが代表作では「(Don't Fear)The Reaper」がある。ヘビーメタルの源流となったバンドと称されているが、そもそもハードロックとヘビーメタルの違いがはっきりしない。思うにメタリカのような高速のリフを中心に展開させるバンドはヘビメタって思う。一方、長いギターソロを聴かせどころとして楽曲を展開するバンドはハードロックなのかなとも思う。HR/HMの違いなどはどうでも良いがその後、スラッシュメタル、デスメタル、プログレッシブ・メタルなどとドンドンとジャンルが細分化されマニアックになる。「Blue oyster cult」は1967年にアメリカで結成されたハードロック(ヘビメタ?)バンドである。ギター3本でギンギンになり響くサウンドは圧巻であるが、基本的にはメロディアスでキャッチな曲が多く聞きやすい。「Godzilla(ゴジラ)」などは映画ゴジラのセリフを丸暗記した日本語のナレーションが入っている曲もあってB級バンド感がたまらない。特に(Don't Fear)The Reaperは今ではギターソロの部分は古臭い感が否めないが、曲の壮大さと美しさは彼らのセンスの良さを物語っている名曲である。日本では片隅にいる感はあるがすばらしいバンドである。また、「Santana」は一般的にはラテンロックとのラベルが付けられているが、ハードロックの範疇に入ると思う。1969年に開催された野外コンサート「Woodstock Music and Art Festival」で見せた「Soul Sacrifice」の演奏は度肝を抜かれた。「マイケル・シュリーヴ(Dr」、「ホセ・チェピート・アリアス(Per)」,「マイケル・カラベロ(Per)」、「デイヴ・ブラウン(Ba)」の強力なリズムセクションと絡まるサンタナのギター、グレッグ・ローリーのキーボードは聴いているだけで汗をかくようなエネルギッシュな躍動感を感じる名演である。その後、「Santana (1969)」、「Black Magic Woman」の入った「Abraxas (1970」、ニール・ショーン(その後ジャーニー)を加えた「Santana III (1971)」。サンタナの泣くような甘いそして、伸びる甲高いキターの音色と激しいコンガとドラムのリズム・セクションとの融合されたサウンドはサンタナバンドの独自のユニークさでロックとしてのラテンの取り込み方が絶妙である。マロやアステカなども良いバンドだがサンタナのようなギターの躍動感が少なくロックとして聴いた場合は物足りなさを感じる。その当時はジャズもマイルスが推進した電化によってフュージョンというジャズのロック化が盛んに進んでいた。そのような中でサンタナも変化しジャズ・フュージョンへのアプローチと思える「Caravanserai(1972)」が発売された。高校生のまだ無邪気な自分はラテンロックの更に続きを聞きたい思いだったため、この最高傑作を理解できずこのアルバムにがっかりした思い出がある。しかし、聴きだすと緻密に構成された楽曲、トータルアルバムとしてのコンセプトに基づいて緩急調和のとれたエレガントな楽曲の進行、サンタナにとって後にも先にもこのアルバムを超える作品はないような奇跡が創り出したアルバムだと言ったら大げさだろうか?ボサノバの創成者でブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンの「ストーン・フラワー」がサンタナの編曲によって原曲以上の好演がなされており後日になるがサンタナの音楽への造詣の深さに驚いた。グレッグ・ローリーとニール・ショーンはこのアルバムの後、サンタナを抜けジャーニーを結成するがこのアルバムですべてを吐き出した感がある。その後、サンタナもこのアルバムでやり尽くした感がありJazz、Fusionへのアプローチが続き、ジョン・マクラフリンなどとJazzの「ジョン・コルトレーン」の曲をアルバム化しラテン色が無くなりはじめた。私も興味が薄らいだ。とにかく「キャラバンサライ」がきっかけとなってサンタナが次の音楽の方向性を模索する時期でもあったと思う。結果としてフュージョンのギターリストとして「ジョン・スコフィールド」や「パット・メセニー」のように活躍できたと思うがまた、ラテンロックの道を進んでいった。続いてよく聞いたのがジェファーソン・エアプレイン出身のギターリスト「ヨーマ・カウコネン」のウエストコーストのバンド「ホットツナ」。日本では知る人ぞ知るといった極めて知名度のないブルースロック・バンドである。ディストーションの掛かったサイケデリックなギターに圧倒される。アルバム「 America's Choice」 (1975)、 Yellow Fever (1975)、 Hoppkorv (1976)の「Hit Single#1」、「Song for the Fire Maiden」、「Santa Claus Retreat」、「Watch the NorthWind Rise」、「It's So Easy」、「Bowlegged Woman, Knock-Kneed Man」など良く聞いた。ところでアメリカンロックのイギリスに無い特長としてはカントリーやサザンロックを代表するアーティストの存在もコアになっている。CCRこと「Creedence Clearwater Revival」や「The Allman Brothers Band」である。CCRについては兎に角よく聞いた。「プラウド・メアリー」、「ダウン・オン・ザ・コーナー」、「雨を見たかい」など名曲を放ち「ジョンフォガティー」の魅力的な唱法と泥臭いギターの音色を堪能した。オリジナリティのあるロックンロールとブルースロック、「スワンプ・ロック」とも呼ばれた彼らの演奏に影響を受けたアーティストも多い。個人的に好きで今もでも聴く曲はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのブルースのカバーで「I Put A Spell On You」でフォガティの思い入れたっぷりのボーカルと間奏のギターソロが良い。オールマン・ブラザース・バンドはサザンロックの雄でジョージア、アラバマ、テネシー、テキサス、フロリダ、オクラホマ、アーカンソー州といったアメリカ南部生まれのミュージシャンによるブルースやカントリーミュージックをルーツにしたダイナミックでソウルフルなギターワークを信条とするロックと言える。特にデュアン・オールマンを擁した「オールマン・ブラザース・バンド」の「フィルモア・イースト・ライヴ」でのパフォーマンスは圧巻で「オールマン・ブラザース・バンド」のもう一人のリードギターリスト「デッキー・ベッツ」の曲「エリザベス・リードの追憶」や「Statesboro Blues」などブルージでイギリスのバンドに無いアーシーな本場の「マディ・ウォーターズ」など南部の黒人ブルースマンを吸収したサウンドが聴ける。また、デュアンの弟のグレックのボーカルも物憂い湿った感じが良い。デュアンはその後、先にも書いたがバイク事故で死亡する。その後、「デッキー・ベッツ」と「グレック・オールマン」で「オールマン・ブラザース・バンド」を継続し「ブラザーズ&シスターズ」など名盤を出している。デュアンの死後はレイドバック(ゆったり)とした雰囲気の演奏となり。グレックが出したアルバム「レイドバック」に代表される。デュアン時のオールマン・ブラザースの熱気がとれたくつろいだものとなった。「ブラザーズ&シスターズ」の中のインストの名曲「ジェシカ」と「エリザベス・リードの追憶」を比べて聞いて見ると良くわかる。サザンロックというカテゴリーには多くの南部のミュージシャンがいるが取り分け「レイナードスキナード」も良く聞いた。「One More From The Road」のライブアルバムの亡き「デュアン・オールマン」に捧げられた「Free Bird」は11分以上の長尺の曲だがトリプルリードギターのインプロビゼーションは圧巻で「ロニー・ヴァン・ザント」の聴衆に訴えかけるボーカルと相まって聴きごたえのある名曲である。「ロニー・ヴァン・ザント」とともにバンドの主要メンバーは77年に飛行機事故で他界し、「レイナードスキナード」は解散してしまった。アメリカ国内は広く飛行機事故死亡したミュージシャンも多い。サザンロックの後継として「アウトローズ」、「モリー・ハチェット」「アトランタ・リズムセクションも聴いた。アメリカに関してはブルース・ロックからサザンロック、ハードロック、ヘビーメタルと音楽のジャンルが広がっていった。マイナーな中にも個性的なバンドも多くあってロックのすそ野は広がり、何か面白いバンドが無いか六本木の「DUN」、渋谷の「CISCO」、吉祥寺の「ジョージア」安く手に入る¥1,700ぐらいの外国版専門店を良くあさっっていたものである。「テンイヤーズアフター」や「ローリー・ギャラガー」、「クライマックス・ブルース・バンド」、「モントローズ」、「キャンドヒート」、「バニラファッジ」「カクタス」、「クイックシルバー・メッセンジャー・サービス」など探し出しては聴き、聴き終わると探し続けた時代である。プログレッシブ・ロックとして「キングクリムゾン」「ピンクフロイド」「エマーソン・レイク&パーマー」、「ムーディー・ブルース」「イエス」「ジェネシス」「ジェスロタル」、「キャメル」なども聴いた。ピンクフロイド、イエスはどうも馴染めなかったが収集はしている。忘れてはいけないのが「シカゴ」、「BS&T」、「チェイス」などブラスセクションを持つバンド、特に「シカゴ」は良く聴いた。「テリー・キャス」のギターが良く「chicago at carnegie hall」の「サウス・カリフォルニア・パープルズ」の演奏はすばらしいものだった。また、カナダ勢も良いバンドが多くこれも良く聴いた「バックマン・ターナー・オーバードライブ」、「トライアンフ」、「フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュ」、「モキシー」も忘れてはならないアーティストでブルース・ロックからハードロックのつながりの中で活躍した多くのバンドがあった。また、ボブ・ディランなどフォーク・ソフト・ロック勢としてイギリスも含めて「サイモン&ガーファンクル」、「ジム・クローチ」、「エルトン・ジョン」、「カーペンターズ」、「キャロル・キング」、「キャット・スティーヴンス」、「シールズ&クロフツ」、「アメリカ」、「アメリカン・パイ」の「ドン・マクリーン」、「オザーク・マウンテン・デアデヴィルズ」など当時、全ては聴けなかったので遡って現在も聴いている。ブラックミュージックでは「スライ&ファミリーストーン」、「スティービー・ワンダー」、「アース・ウインド&ファイヤー」、「ファンカディック」「ジェームスブラウン」「クール&ギャング」、「ビリー・プレストン」などディスコブームと相まってロック的要素を取り込んだファンク・ロックバンド、ダンスバンドなども良く聴いた。また、JAZZからロックへのアプローチとして「マイルスデービス」が70年にアルバム「ビッチェズ・ブリュー」を出してフュージョンとしてロックとJAZZの融合が果たされた。ジョン・マクラフリンのギターがフューチャーされその電化されたサウンドに圧倒された想い出がある。後にウェザーレポートやハービーハンコック、チック・コリア、ビリーコブハムなどマイルスファミリーの活躍に広がった。
70年代初頭〜中盤までは第一世代の革命的アーティストが数多く生まれそれらがクロス・オーバーしてミュージックシーンの大変革が起きた時代とも言える。
7.70年代後半、ロックを聴かなくなった日
70年代後半はパンクロックの時代でUKでは「ピストルズ」、「クラッシュ」、アメリカでは「ラモーンズ」などが出てきて音楽が詰まらなくなってしまった。今は遡って聴いたりしているが、単なるコレクションである。変化が無く単調なコードで進行する曲は歌詞がわからなければ面白くはない従って、詰まらなくなってしまった。但し、「クラッシュ」のロンドン・コーリング (London Calling) は、パンクと言われているけど良いので良く聴いた。結局当時、結婚したこともあったり、仕事も忙しかったのでロックはあまり聴かなくなってしまった。80年代は積極的にロックを聞いた記憶があまりない。
TVメディアやオーディオ機器の普及に当たって音楽も巨大産業化しつつあった70年代。ベトナム戦争下の70年代前半は反戦など訴えたグループやアーティストが多かった。ジョンバエズ、ボブ・ディラン、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、ピーター・ポール&マリーなどのフォーク勢やビートルズ、ジェファーソン・エアプレーン、ドアーズなどである。

また、ソウルのエドウィン・スターやマービン・ゲイ、カーティス・メイフィールドもいた。ジョンレノンの「Imagine」は今でも心が打たれる。英国史上最高のシングル曲(ギネス世界記録)に選ばれ「クイーン」の「Bohemian Rhapsody」に続く2位に記録されている。ディープ・パープルの「Child in Time」やブラック・サバスの「War Pigs」もベトナム戦争への反戦歌である。話をハードロックに戻すと70年代はディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどイギリス勢だけで無く、アメリカやカナダ、ドイツでも様々なグループが出現し、バン・ヘイレンやメタリカ、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、カンズ&ローゼズ、ボンジョビ、ジューダス・プリーストなどへの礎を築いた。私が好きで良く聞いたバンドでは、「ハートブレイカー」で有名な「グランド・ファンク・レイルロード」で特にLiveアルバムの「グランド・ファンク・ツアー ’75(Caught in the Act)」はお気に入りで今でも良く聞く。「Heart Breker」「The Loco-Motion」、「We're an American Band」などヒット曲の入ったベストアルバム的な選曲となっており、スタジオ録音盤より迫力がある。特に「Black Licorice」は一聴に値する。Mark Farner (Gu, Org, Vo)、Don Brewer (Dr, Per, Vo)、Mel Schacher (Ba) 、Howard Eddy, Jr.(Key)が一体となってシンフォニーを奏でる。ハワードのキーボードのソロが特に良い。77年に解散してしまうがロック史に残るバンドである。

次は「ブルー・オイスター・カルト」で今では古臭さもあるが代表作では「(Don't Fear)The Reaper」がある。ヘビーメタルの源流となったバンドと称されているが、そもそもハードロックとヘビーメタルの違いがはっきりしない。思うにメタリカのような高速のリフを中心に展開させるバンドはヘビメタって思う。一方、長いギターソロを聴かせどころとして楽曲を展開するバンドはハードロックなのかなとも思う。HR/HMの違いなどはどうでも良いがその後、スラッシュメタル、デスメタル、プログレッシブ・メタルなどとドンドンとジャンルが細分化されマニアックになる。「Blue oyster cult」は1967年にアメリカで結成されたハードロック(ヘビメタ?)バンドである。ギター3本でギンギンになり響くサウンドは圧巻であるが、基本的にはメロディアスでキャッチな曲が多く聞きやすい。「Godzilla(ゴジラ)」などは映画ゴジラのセリフを丸暗記した日本語のナレーションが入っている曲もあってB級バンド感がたまらない。特に(Don't Fear)The Reaperは今ではギターソロの部分は古臭い感が否めないが、曲の壮大さと美しさは彼らのセンスの良さを物語っている名曲である。日本では片隅にいる感はあるがすばらしいバンドである。また、「Santana」は一般的にはラテンロックとのラベルが付けられているが、ハードロックの範疇に入ると思う。1969年に開催された野外コンサート「Woodstock Music and Art Festival」で見せた「Soul Sacrifice」の演奏は度肝を抜かれた。「マイケル・シュリーヴ(Dr」、「ホセ・チェピート・アリアス(Per)」,「マイケル・カラベロ(Per)」、「デイヴ・ブラウン(Ba)」の強力なリズムセクションと絡まるサンタナのギター、グレッグ・ローリーのキーボードは聴いているだけで汗をかくようなエネルギッシュな躍動感を感じる名演である。その後、「Santana (1969)」、「Black Magic Woman」の入った「Abraxas (1970」、ニール・ショーン(その後ジャーニー)を加えた「Santana III (1971)」。サンタナの泣くような甘いそして、伸びる甲高いキターの音色と激しいコンガとドラムのリズム・セクションとの融合されたサウンドはサンタナバンドの独自のユニークさでロックとしてのラテンの取り込み方が絶妙である。マロやアステカなども良いバンドだがサンタナのようなギターの躍動感が少なくロックとして聴いた場合は物足りなさを感じる。その当時はジャズもマイルスが推進した電化によってフュージョンというジャズのロック化が盛んに進んでいた。そのような中でサンタナも変化しジャズ・フュージョンへのアプローチと思える「Caravanserai(1972)」が発売された。高校生のまだ無邪気な自分はラテンロックの更に続きを聞きたい思いだったため、この最高傑作を理解できずこのアルバムにがっかりした思い出がある。しかし、聴きだすと緻密に構成された楽曲、トータルアルバムとしてのコンセプトに基づいて緩急調和のとれたエレガントな楽曲の進行、サンタナにとって後にも先にもこのアルバムを超える作品はないような奇跡が創り出したアルバムだと言ったら大げさだろうか?ボサノバの創成者でブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンの「ストーン・フラワー」がサンタナの編曲によって原曲以上の好演がなされており後日になるがサンタナの音楽への造詣の深さに驚いた。グレッグ・ローリーとニール・ショーンはこのアルバムの後、サンタナを抜けジャーニーを結成するがこのアルバムですべてを吐き出した感がある。その後、サンタナもこのアルバムでやり尽くした感がありJazz、Fusionへのアプローチが続き、ジョン・マクラフリンなどとJazzの「ジョン・コルトレーン」の曲をアルバム化しラテン色が無くなりはじめた。私も興味が薄らいだ。とにかく「キャラバンサライ」がきっかけとなってサンタナが次の音楽の方向性を模索する時期でもあったと思う。結果としてフュージョンのギターリストとして「ジョン・スコフィールド」や「パット・メセニー」のように活躍できたと思うがまた、ラテンロックの道を進んでいった。続いてよく聞いたのがジェファーソン・エアプレイン出身のギターリスト「ヨーマ・カウコネン」のウエストコーストのバンド「ホットツナ」。日本では知る人ぞ知るといった極めて知名度のないブルースロック・バンドである。ディストーションの掛かったサイケデリックなギターに圧倒される。アルバム「 America's Choice」 (1975)、 Yellow Fever (1975)、 Hoppkorv (1976)の「Hit Single#1」、「Song for the Fire Maiden」、「Santa Claus Retreat」、「Watch the NorthWind Rise」、「It's So Easy」、「Bowlegged Woman, Knock-Kneed Man」など良く聞いた。ところでアメリカンロックのイギリスに無い特長としてはカントリーやサザンロックを代表するアーティストの存在もコアになっている。CCRこと「Creedence Clearwater Revival」や「The Allman Brothers Band」である。CCRについては兎に角よく聞いた。「プラウド・メアリー」、「ダウン・オン・ザ・コーナー」、「雨を見たかい」など名曲を放ち「ジョンフォガティー」の魅力的な唱法と泥臭いギターの音色を堪能した。オリジナリティのあるロックンロールとブルースロック、「スワンプ・ロック」とも呼ばれた彼らの演奏に影響を受けたアーティストも多い。個人的に好きで今もでも聴く曲はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのブルースのカバーで「I Put A Spell On You」でフォガティの思い入れたっぷりのボーカルと間奏のギターソロが良い。オールマン・ブラザース・バンドはサザンロックの雄でジョージア、アラバマ、テネシー、テキサス、フロリダ、オクラホマ、アーカンソー州といったアメリカ南部生まれのミュージシャンによるブルースやカントリーミュージックをルーツにしたダイナミックでソウルフルなギターワークを信条とするロックと言える。特にデュアン・オールマンを擁した「オールマン・ブラザース・バンド」の「フィルモア・イースト・ライヴ」でのパフォーマンスは圧巻で「オールマン・ブラザース・バンド」のもう一人のリードギターリスト「デッキー・ベッツ」の曲「エリザベス・リードの追憶」や「Statesboro Blues」などブルージでイギリスのバンドに無いアーシーな本場の「マディ・ウォーターズ」など南部の黒人ブルースマンを吸収したサウンドが聴ける。また、デュアンの弟のグレックのボーカルも物憂い湿った感じが良い。デュアンはその後、先にも書いたがバイク事故で死亡する。その後、「デッキー・ベッツ」と「グレック・オールマン」で「オールマン・ブラザース・バンド」を継続し「ブラザーズ&シスターズ」など名盤を出している。デュアンの死後はレイドバック(ゆったり)とした雰囲気の演奏となり。グレックが出したアルバム「レイドバック」に代表される。デュアン時のオールマン・ブラザースの熱気がとれたくつろいだものとなった。「ブラザーズ&シスターズ」の中のインストの名曲「ジェシカ」と「エリザベス・リードの追憶」を比べて聞いて見ると良くわかる。サザンロックというカテゴリーには多くの南部のミュージシャンがいるが取り分け「レイナードスキナード」も良く聞いた。「One More From The Road」のライブアルバムの亡き「デュアン・オールマン」に捧げられた「Free Bird」は11分以上の長尺の曲だがトリプルリードギターのインプロビゼーションは圧巻で「ロニー・ヴァン・ザント」の聴衆に訴えかけるボーカルと相まって聴きごたえのある名曲である。「ロニー・ヴァン・ザント」とともにバンドの主要メンバーは77年に飛行機事故で他界し、「レイナードスキナード」は解散してしまった。アメリカ国内は広く飛行機事故死亡したミュージシャンも多い。サザンロックの後継として「アウトローズ」、「モリー・ハチェット」「アトランタ・リズムセクションも聴いた。アメリカに関してはブルース・ロックからサザンロック、ハードロック、ヘビーメタルと音楽のジャンルが広がっていった。マイナーな中にも個性的なバンドも多くあってロックのすそ野は広がり、何か面白いバンドが無いか六本木の「DUN」、渋谷の「CISCO」、吉祥寺の「ジョージア」安く手に入る¥1,700ぐらいの外国版専門店を良くあさっっていたものである。「テンイヤーズアフター」や「ローリー・ギャラガー」、「クライマックス・ブルース・バンド」、「モントローズ」、「キャンドヒート」、「バニラファッジ」「カクタス」、「クイックシルバー・メッセンジャー・サービス」など探し出しては聴き、聴き終わると探し続けた時代である。プログレッシブ・ロックとして「キングクリムゾン」「ピンクフロイド」「エマーソン・レイク&パーマー」、「ムーディー・ブルース」「イエス」「ジェネシス」「ジェスロタル」、「キャメル」なども聴いた。ピンクフロイド、イエスはどうも馴染めなかったが収集はしている。忘れてはいけないのが「シカゴ」、「BS&T」、「チェイス」などブラスセクションを持つバンド、特に「シカゴ」は良く聴いた。「テリー・キャス」のギターが良く「chicago at carnegie hall」の「サウス・カリフォルニア・パープルズ」の演奏はすばらしいものだった。また、カナダ勢も良いバンドが多くこれも良く聴いた「バックマン・ターナー・オーバードライブ」、「トライアンフ」、「フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュ」、「モキシー」も忘れてはならないアーティストでブルース・ロックからハードロックのつながりの中で活躍した多くのバンドがあった。また、ボブ・ディランなどフォーク・ソフト・ロック勢としてイギリスも含めて「サイモン&ガーファンクル」、「ジム・クローチ」、「エルトン・ジョン」、「カーペンターズ」、「キャロル・キング」、「キャット・スティーヴンス」、「シールズ&クロフツ」、「アメリカ」、「アメリカン・パイ」の「ドン・マクリーン」、「オザーク・マウンテン・デアデヴィルズ」など当時、全ては聴けなかったので遡って現在も聴いている。ブラックミュージックでは「スライ&ファミリーストーン」、「スティービー・ワンダー」、「アース・ウインド&ファイヤー」、「ファンカディック」「ジェームスブラウン」「クール&ギャング」、「ビリー・プレストン」などディスコブームと相まってロック的要素を取り込んだファンク・ロックバンド、ダンスバンドなども良く聴いた。また、JAZZからロックへのアプローチとして「マイルスデービス」が70年にアルバム「ビッチェズ・ブリュー」を出してフュージョンとしてロックとJAZZの融合が果たされた。ジョン・マクラフリンのギターがフューチャーされその電化されたサウンドに圧倒された想い出がある。後にウェザーレポートやハービーハンコック、チック・コリア、ビリーコブハムなどマイルスファミリーの活躍に広がった。
70年代初頭〜中盤までは第一世代の革命的アーティストが数多く生まれそれらがクロス・オーバーしてミュージックシーンの大変革が起きた時代とも言える。
7.70年代後半、ロックを聴かなくなった日
70年代後半はパンクロックの時代でUKでは「ピストルズ」、「クラッシュ」、アメリカでは「ラモーンズ」などが出てきて音楽が詰まらなくなってしまった。今は遡って聴いたりしているが、単なるコレクションである。変化が無く単調なコードで進行する曲は歌詞がわからなければ面白くはない従って、詰まらなくなってしまった。但し、「クラッシュ」のロンドン・コーリング (London Calling) は、パンクと言われているけど良いので良く聴いた。結局当時、結婚したこともあったり、仕事も忙しかったのでロックはあまり聴かなくなってしまった。80年代は積極的にロックを聞いた記憶があまりない。
by eday_eday
| 2017-04-29 17:14
| Music

