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Paradise & Lunch(胃がんの記録)

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愛犬ショコラが天に召され、淡々と過ごす日々だったが2016年8月に胃がん手術、闘病記となった。(2011.7.Sep)

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カテゴリ:Music( 11 )

ひたすらジャズを聴く!

最近、JAZZを聴くのが日課となった。自分が生まれてきたころの1950年ぐらいのJAZZを聴く。17,8の頃はさすがに20年ぐらい前、今から60年前のJAZZは古すぎて聴く気もしなかった。
当時の関心はRockであり、JAZZにも興味があったが60年代のマイルスやコルトレーンだった。なぜ、今古いJAZZが聴いていて良いのかはわからない。
とにかく落ち着くし、エキサイティングにも感じる。チャリー・パーカーやデイジー・ガレスピーのビバップ が気持ち良い。しかも、とても新鮮に感じる。
マイルスやコルトレーンのCDのみが集中的にあったコレクションが50年代、60年代のアーティストのものがどんどん増えてきている。JAZZを聴く毎日がすごく楽しい。
不思議だ。コロンビア、インパルス、ECMからブルーノート、プレスティッジ、リバーサイド、サボイ、ヴァーヴなどのレーベルが増えている。今は亡きアート・ブレイキ、ホレス・シルバー、ジャッキー・マクリーン、オスカー・ピーターソン、リー・モーガン、マックス・ローチ、エルビン・ジョーンズなどの演奏が素晴らしい。



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by eday_eday | 2017-09-14 13:22 | Music | Trackback | Comments(0)
6.70年代前半のロックの開花

TVメディアやオーディオ機器の普及に当たって音楽も巨大産業化しつつあった70年代。ベトナム戦争下の70年代前半は反戦など訴えたグループやアーティストが多かった。ジョンバエズ、ボブ・ディラン、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、ピーター・ポール&マリーなどのフォーク勢やビートルズ、ジェファーソン・エアプレーン、ドアーズなどである。
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また、ソウルのエドウィン・スターやマービン・ゲイ、カーティス・メイフィールドもいた。ジョンレノンの「Imagine」は今でも心が打たれる。英国史上最高のシングル曲(ギネス世界記録)に選ばれ「クイーン」の「Bohemian Rhapsody」に続く2位に記録されている。ディープ・パープルの「Child in Time」やブラック・サバスの「War Pigs」もベトナム戦争への反戦歌である。話をハードロックに戻すと70年代はディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどイギリス勢だけで無く、アメリカやカナダ、ドイツでも様々なグループが出現し、バン・ヘイレンやメタリカ、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、カンズ&ローゼズ、ボンジョビ、ジューダス・プリーストなどへの礎を築いた。私が好きで良く聞いたバンドでは、「ハートブレイカー」で有名な「グランド・ファンク・レイルロード」で特にLiveアルバムの「グランド・ファンク・ツアー ’75(Caught in the Act)」はお気に入りで今でも良く聞く。「Heart Breker」「The Loco-Motion」、「We're an American Band」などヒット曲の入ったベストアルバム的な選曲となっており、スタジオ録音盤より迫力がある。特に「Black Licorice」は一聴に値する。Mark Farner (Gu, Org, Vo)、Don Brewer (Dr, Per, Vo)、Mel Schacher (Ba) 、Howard Eddy, Jr.(Key)が一体となってシンフォニーを奏でる。ハワードのキーボードのソロが特に良い。77年に解散してしまうがロック史に残るバンドである。
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次は「ブルー・オイスター・カルト」で今では古臭さもあるが代表作では「(Don't Fear)The Reaper」がある。ヘビーメタルの源流となったバンドと称されているが、そもそもハードロックとヘビーメタルの違いがはっきりしない。思うにメタリカのような高速のリフを中心に展開させるバンドはヘビメタって思う。一方、長いギターソロを聴かせどころとして楽曲を展開するバンドはハードロックなのかなとも思う。HR/HMの違いなどはどうでも良いがその後、スラッシュメタル、デスメタル、プログレッシブ・メタルなどとドンドンとジャンルが細分化されマニアックになる。「Blue oyster cult」は1967年にアメリカで結成されたハードロック(ヘビメタ?)バンドである。ギター3本でギンギンになり響くサウンドは圧巻であるが、基本的にはメロディアスでキャッチな曲が多く聞きやすい。「Godzilla(ゴジラ)」などは映画ゴジラのセリフを丸暗記した日本語のナレーションが入っている曲もあってB級バンド感がたまらない。特に(Don't Fear)The Reaperは今ではギターソロの部分は古臭い感が否めないが、曲の壮大さと美しさは彼らのセンスの良さを物語っている名曲である。日本では片隅にいる感はあるがすばらしいバンドである。また、「Santana」は一般的にはラテンロックとのラベルが付けられているが、ハードロックの範疇に入ると思う。1969年に開催された野外コンサート「Woodstock Music and Art Festival」で見せた「Soul Sacrifice」の演奏は度肝を抜かれた。「マイケル・シュリーヴ(Dr」、「ホセ・チェピート・アリアス(Per)」,「マイケル・カラベロ(Per)」、「デイヴ・ブラウン(Ba)」の強力なリズムセクションと絡まるサンタナのギター、グレッグ・ローリーのキーボードは聴いているだけで汗をかくようなエネルギッシュな躍動感を感じる名演である。その後、「Santana (1969)」、「Black Magic Woman」の入った「Abraxas (1970」、ニール・ショーン(その後ジャーニー)を加えた「Santana III (1971)」。サンタナの泣くような甘いそして、伸びる甲高いキターの音色と激しいコンガとドラムのリズム・セクションとの融合されたサウンドはサンタナバンドの独自のユニークさでロックとしてのラテンの取り込み方が絶妙である。マロやアステカなども良いバンドだがサンタナのようなギターの躍動感が少なくロックとして聴いた場合は物足りなさを感じる。その当時はジャズもマイルスが推進した電化によってフュージョンというジャズのロック化が盛んに進んでいた。そのような中でサンタナも変化しジャズ・フュージョンへのアプローチと思える「Caravanserai(1972)」が発売された。高校生のまだ無邪気な自分はラテンロックの更に続きを聞きたい思いだったため、この最高傑作を理解できずこのアルバムにがっかりした思い出がある。しかし、聴きだすと緻密に構成された楽曲、トータルアルバムとしてのコンセプトに基づいて緩急調和のとれたエレガントな楽曲の進行、サンタナにとって後にも先にもこのアルバムを超える作品はないような奇跡が創り出したアルバムだと言ったら大げさだろうか?ボサノバの創成者でブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンの「ストーン・フラワー」がサンタナの編曲によって原曲以上の好演がなされており後日になるがサンタナの音楽への造詣の深さに驚いた。グレッグ・ローリーとニール・ショーンはこのアルバムの後、サンタナを抜けジャーニーを結成するがこのアルバムですべてを吐き出した感がある。その後、サンタナもこのアルバムでやり尽くした感がありJazz、Fusionへのアプローチが続き、ジョン・マクラフリンなどとJazzの「ジョン・コルトレーン」の曲をアルバム化しラテン色が無くなりはじめた。私も興味が薄らいだ。とにかく「キャラバンサライ」がきっかけとなってサンタナが次の音楽の方向性を模索する時期でもあったと思う。結果としてフュージョンのギターリストとして「ジョン・スコフィールド」や「パット・メセニー」のように活躍できたと思うがまた、ラテンロックの道を進んでいった。続いてよく聞いたのがジェファーソン・エアプレイン出身のギターリスト「ヨーマ・カウコネン」のウエストコーストのバンド「ホットツナ」。日本では知る人ぞ知るといった極めて知名度のないブルースロック・バンドである。ディストーションの掛かったサイケデリックなギターに圧倒される。アルバム「 America's Choice」 (1975)、 Yellow Fever (1975)、 Hoppkorv (1976)の「Hit Single#1」、「Song for the Fire Maiden」、「Santa Claus Retreat」、「Watch the NorthWind Rise」、「It's So Easy」、「Bowlegged Woman, Knock-Kneed Man」など良く聞いた。ところでアメリカンロックのイギリスに無い特長としてはカントリーやサザンロックを代表するアーティストの存在もコアになっている。CCRこと「Creedence Clearwater Revival」や「The Allman Brothers Band」である。CCRについては兎に角よく聞いた。「プラウド・メアリー」、「ダウン・オン・ザ・コーナー」、「雨を見たかい」など名曲を放ち「ジョンフォガティー」の魅力的な唱法と泥臭いギターの音色を堪能した。オリジナリティのあるロックンロールとブルースロック、「スワンプ・ロック」とも呼ばれた彼らの演奏に影響を受けたアーティストも多い。個人的に好きで今もでも聴く曲はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのブルースのカバーで「I Put A Spell On You」でフォガティの思い入れたっぷりのボーカルと間奏のギターソロが良い。オールマン・ブラザース・バンドはサザンロックの雄でジョージア、アラバマ、テネシー、テキサス、フロリダ、オクラホマ、アーカンソー州といったアメリカ南部生まれのミュージシャンによるブルースやカントリーミュージックをルーツにしたダイナミックでソウルフルなギターワークを信条とするロックと言える。特にデュアン・オールマンを擁した「オールマン・ブラザース・バンド」の「フィルモア・イースト・ライヴ」でのパフォーマンスは圧巻で「オールマン・ブラザース・バンド」のもう一人のリードギターリスト「デッキー・ベッツ」の曲「エリザベス・リードの追憶」や「Statesboro Blues」などブルージでイギリスのバンドに無いアーシーな本場の「マディ・ウォーターズ」など南部の黒人ブルースマンを吸収したサウンドが聴ける。また、デュアンの弟のグレックのボーカルも物憂い湿った感じが良い。デュアンはその後、先にも書いたがバイク事故で死亡する。その後、「デッキー・ベッツ」と「グレック・オールマン」で「オールマン・ブラザース・バンド」を継続し「ブラザーズ&シスターズ」など名盤を出している。デュアンの死後はレイドバック(ゆったり)とした雰囲気の演奏となり。グレックが出したアルバム「レイドバック」に代表される。デュアン時のオールマン・ブラザースの熱気がとれたくつろいだものとなった。「ブラザーズ&シスターズ」の中のインストの名曲「ジェシカ」と「エリザベス・リードの追憶」を比べて聞いて見ると良くわかる。サザンロックというカテゴリーには多くの南部のミュージシャンがいるが取り分け「レイナードスキナード」も良く聞いた。「One More From The Road」のライブアルバムの亡き「デュアン・オールマン」に捧げられた「Free Bird」は11分以上の長尺の曲だがトリプルリードギターのインプロビゼーションは圧巻で「ロニー・ヴァン・ザント」の聴衆に訴えかけるボーカルと相まって聴きごたえのある名曲である。「ロニー・ヴァン・ザント」とともにバンドの主要メンバーは77年に飛行機事故で他界し、「レイナードスキナード」は解散してしまった。アメリカ国内は広く飛行機事故死亡したミュージシャンも多い。サザンロックの後継として「アウトローズ」、「モリー・ハチェット」「アトランタ・リズムセクションも聴いた。アメリカに関してはブルース・ロックからサザンロック、ハードロック、ヘビーメタルと音楽のジャンルが広がっていった。マイナーな中にも個性的なバンドも多くあってロックのすそ野は広がり、何か面白いバンドが無いか六本木の「DUN」、渋谷の「CISCO」、吉祥寺の「ジョージア」安く手に入る¥1,700ぐらいの外国版専門店を良くあさっっていたものである。「テンイヤーズアフター」や「ローリー・ギャラガー」、「クライマックス・ブルース・バンド」、「モントローズ」、「キャンドヒート」、「バニラファッジ」「カクタス」、「クイックシルバー・メッセンジャー・サービス」など探し出しては聴き、聴き終わると探し続けた時代である。プログレッシブ・ロックとして「キングクリムゾン」「ピンクフロイド」「エマーソン・レイク&パーマー」、「ムーディー・ブルース」「イエス」「ジェネシス」「ジェスロタル」、「キャメル」なども聴いた。ピンクフロイド、イエスはどうも馴染めなかったが収集はしている。忘れてはいけないのが「シカゴ」、「BS&T」、「チェイス」などブラスセクションを持つバンド、特に「シカゴ」は良く聴いた。「テリー・キャス」のギターが良く「chicago at carnegie hall」「サウス・カリフォルニア・パープルズの演奏はすばらしいものだった。また、カナダ勢も良いバンドが多くこれも良く聴いた「バックマン・ターナー・オーバードライブ」、「トライアンフ」、「フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュ」、「モキシー」も忘れてはならないアーティストでブルース・ロックからハードロックのつながりの中で活躍した多くのバンドがあった。また、ボブ・ディランなどフォーク・ソフト・ロック勢としてイギリスも含めて「サイモン&ガーファンクル」、「ジム・クローチ」、「エルトン・ジョン」、「カーペンターズ」、「キャロル・キング」、「キャット・スティーヴンス」、「シールズ&クロフツ」、「アメリカ」、「アメリカン・パイ」の「ドン・マクリーン」、「オザーク・マウンテン・デアデヴィルズ」など当時、全ては聴けなかったので遡って現在も聴いている。ブラックミュージックでは「スライ&ファミリーストーン」、「スティービー・ワンダー」、「アース・ウインド&ファイヤー」、「ファンカディック」「ジェームスブラウン」「クール&ギャング」、「ビリー・プレストン」などディスコブームと相まってロック的要素を取り込んだファンク・ロックバンド、ダンスバンドなども良く聴いた。また、JAZZからロックへのアプローチとして「マイルスデービス」が70年にアルバム「ビッチェズ・ブリュー」を出してフュージョンとしてロックとJAZZの融合が果たされた。ジョン・マクラフリンのギターがフューチャーされその電化されたサウンドに圧倒された想い出がある。後にウェザーレポートやハービーハンコック、チック・コリア、ビリーコブハムなどマイルスファミリーの活躍に広がった。
70年代初頭〜中盤までは第一世代の革命的アーティストが数多く生まれそれらがクロス・オーバーしてミュージックシーンの大変革が起きた時代とも言える。

7.70年代後半、ロックを聴かなくなった日
70年代後半はパンクロックの時代でUKでは「ピストルズ」、「クラッシュ」、アメリカでは「ラモーンズ」などが出てきて音楽が詰まらなくなってしまった。今は遡って聴いたりしているが、単なるコレクションである。変化が無く単調なコードで進行する曲は歌詞がわからなければ面白くはない従って、詰まらなくなってしまった。但し、「クラッシュ」のロンドン・コーリング (London Calling) は、パンクと言われているけど良いので良く聴いた。結局当時、結婚したこともあったり、仕事も忙しかったのでロックはあまり聴かなくなってしまった。80年代は積極的にロックを聞いた記憶があまりない。

by eday_eday | 2017-04-29 17:14 | Music | Trackback(4444) | Comments(0)
1.始まりはベンチャーズ
ロックというよりロック的音楽に日本人が遭遇したのは1965年に来日したベンチャーズがきっかけだろう。エレクトリックギターで約3分程度の軽音楽を演奏するベンチャーズは多くの日本人をまさにロックの入り口に立せ冒険者としたことに大いに寄与した。私自身もJAZZやbluesを全く知らない11~12歳の小学5、6年生だった時代だった。この時代アメリカではロックンロールから進化、発展したロックの時代を迎えた。
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話を元に戻すと今から思うとベンチャーズはまさに無邪気な大衆相手に低俗な音楽を失礼ながら巻き散らした。ベサメムーチョ(ラテン)、キャラバン(JAZZ)、I FEEL FINE (ビートルズ)など節操も無くエレキで弾く。いまだに多くの高年齢ファンに愛されるベンチャーズだがダイヤモンドヘッド、十番街の殺人、パイプライン、ワイプアウトなどは今までに聞いたことのないかっこよい音楽だった。当時ベンチャーズとビートルズが同列に扱われどっち派か?など訳のわからない状況もあったがロック志向が自分の中に芽生えた1960年代だった。1969年の【ダウン・ビート】誌でフランクザッパが面白ことを言っている。ザッパがあるコンサートで21歳以下の聴衆に対して「今、キャラバン(ベンチャーズの)のドラム・ソロ入りをやってほしいとリクエストを受けたんだけどさ」聴衆はどっと笑い。ザッパは「演奏しても良いし、やることも拒否しても良い」と問いかけた。ドラム・ソロ付キャラバンを聴衆が望んでないのでザッパはワイプアウト(60年台初期の低俗なポップ極めつけのようなナンバー)を3つのテンポで演奏した。頭の悪そうなリフはビニールのように跡形もなくなってしまった。ザッパは大衆と音楽に対して「毒にも薬にもならない凡庸なグループがみんなあれだけの莫大な利益を上げているのは、みんながあいつらのやっていることを気にいっているからだろう。月並みな音楽であればあるほどアメリカでは大勢の人々に受け入れられるのさ。そういうマーケットなんだよ。売り込む相手はヨーロッパのジャズ愛好家ではないんだ。相手にしなきゃならないのはアメリカ人なんだ。連中が好きなのはエンターテイメントであって本音じゃ音楽なんてのは大嫌いなのさ。つまりミュージシャンの提供する商品が現実逃避的マテリアルであればあるほど、確実に実入りがよくなるって訳だ。一般大衆は若くて見栄えが良いガキどもに惜しげもなく大金を注ぎ込むのさ。アーティストとしての才能なんか明らかに頭打ちでも、とにかく数売れるうちにどんどん出そうとね」ザッパは大衆は音楽は聴くためじゃなくて、見るためにあるという認識を持論としていささかシニカルに語っている。
(JAZZ LEGENDSダウンビートアンソロジーより引用)
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2.ビートルズの出現
音楽産業はザッパの言う通り、一般大衆向けのエンターテイメントとしてその市場を巨大化させ始めた。その一端を担ったのが1962年にデビューしたビートルズで1996年6月30日に来日した。当時のテレビは長髪(当時の感覚は不良のイメージだが長髪と言うほど長くない)のかっこよいビートルズに熱狂のあまり失神した英国の少女や追っかけの映像を繰り返し報道した。大人たちはその有様に眉を潜めた。私としては現シンコーミュージックエンターテイメントの当時の編集長の星加留美子氏がテレビでビートルズの解説する姿が今でも目に焼き付いている。確かにビートルズの出現は未だに革命的な出来事で私自身もその虜となった。すぐにレコード店に走り、HELP、涙の乗車券、I'm Down,Dizzy Miss Lyzzyの4曲入りEP番(4曲入りのシングル盤)を 買い一日中聞いていた。この盤面のメインはHELP、涙の乗車券だがなぜか、レノン・マッカートニーのI'm Downやカバー曲Dizzy Miss Lyzzyが大好きだった。その理由はハードだったということに尽きる。このハードな演奏を快いと思ったことがその後のロックの私の志向を決定づけた。また、Dizzy Miss LyzzyはR&Bのシンガーソングライターでピアニストであるラリー・ウィリアムスのカバーであり、この頃のビートルズはチャックベリーやリトルリチャード、マーベレッツ、シュレルズなどロックンロール、R&Bなどのアーティストのカバーが多く、彼らが黒人音楽に多大な影響を受けていることがうなずける。
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3.ローリングストーンズ・ジミヘンとブルース
ビートルズのミッシェルやイエスタディはよい曲であるが全く興味が持てなかった。ビートルズの功績や影響は偉大だが、ロックとして見た場合はポップ過ぎて物足りなかった。その後もビートルズと関わり合いながらロックを聞いていたが、ローリングストーンズはロックを幅広く聴くきっかけとなった。ストーンズはキース・リチャーズはミックジャガーがマディ・ウォーターズとチャック・ベリーのレコードを所持していたことから、お互いにロックンロールやR&Bに興味があることを知り、バンドを結成することとなった。(WIKIより)
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ストーンズの印象はビートルズの陽気さは無く不良ぽく、暗い印象で怒りや社会に対する若者の不満や嘆きが詰まったエネルギーを感じ大衆に迎合しない現実的な姿勢を感じるものだった。As Tears Go By、Time Is On My Side、Heart Of Stone、Street Fighting Manなど初期のストーンズは擦り切れるほどよく聴いた。
ストーンズが今日まで第一線で活躍していることはロックそのものの歴史を物語っている。私はロックの萌芽から今日のストーンズを追いかける事無くジミ・ヘンドリックスやクリームへと興味の矛先が変わっていった。ストーンズはブルースの影響を受けながらもミックジャガーのボーカルを中心とした聴かせるロックを標榜し、ギターのインプロビゼーション(アドリブ感)に趣を置いたもので無かったので物足りなさを感じていたと思う。ストーンズのデビュー曲Come On(チェックベリーのカバー)は名曲で未だに聴いている。
4.ジミヘンとの遭遇
自分にとって音楽は刺激と陶酔感だと言える。ブルース、ジャズ、R&B、ソウル、ロック、レゲエ、ラップ、クラッシックしかりである。常にインパクトのある音を求めて様々な音楽に興味を持ってきた。ストーンズからはまた違う音を求め出した。
当時15,6才の高校生の私が衝撃を受けたのはジミ・ヘンドリクスのギタープレイだった。特にアルバムエレクトリック・レディランド(Electric Ladyland)のCome On (Let the Good Times Roll)でのギターソローで畳み掛けるように叫ぶギターの咆哮には圧倒された。また、ボブ・ディランの名曲見張塔からずっと(All Along the Watchtower)は出だしのフレーズからこの曲の特徴を示唆する説得力を感じる。ディランもこの演奏を絶賛した。クロスタウン・トラフィック - Crosstown Trafficはジミのオリジナルであるが私の大好きな曲である。“Crosstown traffic yeah, look out.”のフレーズが頭にこびり付いて離れない。これはR&Bなのだと思う。ジミもディランや過去のミージシャンや音楽を吸収しブルースやロックンロールを基調とした上で自身のスタイルを確立した。また、クラプトンのクリームとともにハードロックの原点を刻印したと思う。フォローワーも含めてその後のミュージックシーンの形成に筆舌に尽くしがたい衝撃と影響を与えたし、私の音楽に対する志向も決定付けた。ディストーションの掛かった歪んだ音、雑音とも取り兼ねないもんどりうつ音の塊とスピード感、どれを取っても今までに聞いたことの無い音の連続。現在でもジミの感性はコピーできないジミのオリジナリティだと思う。
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1960年の終わりから1970年初頭に70年代以降を予見する音創りを見出したこのようなミュージシャンが何故生まれたのか不思議である。また、黒人でありながら白人ミュージシャンに多大な影響をし、感化したことは不思議である。当たっていないと思うがレニー・クラビッツのスタイルがジミに似ていると思っている。その後のミュージックシーンではジミに影響された多くのミュージシャンが生まれた。私がハードロックやヘビメタ好きになったのはジミの影響である。ジミは27歳の早すぎる生涯だったが、まだ、やりたいことが沢山あったと思う。残念な死だった。フェンダーのストラスキャスターが奏でるジミとマイルス・ディビスとのセッションが聞きたかった。
「ビッチェズブリュー」を凌駕する作品が出たかも知れない。
5.ハードロックへの傾倒
ジミ・ヘンドリックスやクリームの影響下で様々のハードロックバンドが出現した。クリームは知っての通りエリック・クラプトン(Gt)、ジャック・ブルース(Ba、Vo)、ジンジャー・ベーカー(Dr)のトリオでハードな卓越した演奏力のあるバンドだった。ブルースとベーカーの仲が悪かったためわずか2、3年で解散し、クラプトンはジンジャー・ベーカーとのブラインド・フェイスの後、デレク&ドミノスを結成し傑作いとしのレイラ (Layla and Other Assorted Love Songs)を生んだ。このアルバムにはデュアン・オールマンも参加し味のあるスライドギターの演奏が聴ける。その後、デュアンはバイク事故で他界する。
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クリーム時代と決定的違うのはテクニックゴリ押しの演奏では無く、歌心を伝える歌詞と演奏が調和した作品に仕上がっている点である。クラプトンは以後、ソロ活動を続けている。とは言えジミやクリームは電化されたギターやPA装置、ワウなどエフェクター類の音響機器の発達によってパワフルなロックを表現しハードロックやヘビーメタルの基礎を作った。「Sunshine of Your Love」、「White Room」に触発された多くの白人バンドが生み出された。ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバスなど。特に衝撃を受けたのが私は16歳(高2)だった時のディープ・パープルでアルバム「In Rock(1970年)」,「Fire Ball(1971年)」「Machine Head(1972年)」は貪るように聴いた。ジョン・ロード(Key)、リッチー・ブラックモア(Gu),イアン・ペイス(Dr),ロジャー・グローヴァー(Bs)イアン・ギラン(Vo)の実力あるメンバー構成でパープルが最も輝いていた絶長期だった。「Speed King」、「Strange Kind of Woman」「Fireball」「Highway Star」リッチー・ブラックモアの高速でドライブ感のあるギターソロとイアン・ギランのシャウトするボーカルがタイトなリズムセクションと相まって聴き手に陶酔感を与えた。
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ディープパープルはジョン・ロード(Key)の影響もあってデビュー当時はオーケストラとの共演「ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ」がありクラッシックの影響を楽曲に取り入れていた。そんな対局にあったのがレッド・ツェッペリンだった。彼らはブルースが基盤にあり、パープル同様に優れた演奏力に裏打ちされたバンドだった。パープルが解り易い分飽きるが、ツェッペリンは奥が深く湿った感じがあるのはブルースの影響だろう。楽曲が頭の中で様々な理解と解釈を想起させ演奏に深みが出ている。
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ファーストアルバムの「You Shook Me」はペイジの暗い引きつったギターのイントロからすぐにロバート・プラントの少しだけ悲壮感の漂うボーカルが始まるブルースナンバー。ギターとボーカルが絡み合い緊迫感の演奏が展開される。一般的には「Stairway to Heaven」、「Black Dog」などが入っている「レッド・ツェッペリン IV」が一番売れたアルバムであるが、私は粗削り感のあるファースト・アルバムが好きである。また、6作目「『フィジカル・グラフィティ』 (Physical Graffiti)」も良い。「Custard Pie」、「Kashmir」、「Down by the Seaside」などこのアルバムの曲は肩の力を抜いたツェッペリンが自然体で演奏していると感じる。以前のアルバムは気張ったハードなものだったが大人のロックになった。約50年前に録音されたアルバムであるが古さを感じないのはブルースを基調としてパープルのようなポップな作りでは無いからだと思う
ロックと私ーロックの系譜雑感ー(その2)に続く
by eday_eday | 2017-04-14 05:48 | Music | Trackback(5921)

America (7)

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Americaはイギリスで結成された三人のフォークグループでイギリスに駐留する米軍の子息であった。サウンドにイギリスの影響は感じられない。アコギの爽やかなサウンド、息の合ったコーラス、哀愁に満ちたメロディは素晴らしい。特にギターがコードよりもフレーズを弾き良く歌っているところが良い。有名なバンドだが日本では目立たない存在だったかも知れない。
by eday_eday | 2013-09-15 17:47 | Music | Trackback | Comments(0)
米歌手のイーディー・ゴーメさんが10日、米ラスベガスの病院で死去。84歳。驚きました。先日、知り毎日のようにCDを聴いていた イーディー・ゴーメだがなくなった。運命的なことを感じる。彼女の歌は永遠に残り聞き次がれて行くでしょう。ご冥福を祈ります。そして、彼女とパンチョスに感謝します。
by eday_eday | 2013-08-12 13:07 | Music | Trackback | Comments(0)
NHKラジオでトリオロス・パンチョスの曲を聴いてすごく感動した。実は日本では大変人気のあるラテンミュージシャンで名前は知っていたが大衆的すぎていささか馬鹿にしてきちっと聞いていなかった。1960年代って古めかしい感じもあった。しかし、聞いてみると流麗で繊細なギターとイーディの落ち着いていてゆったりとしたボーカルが快い。ボーカルとギターのフレーズが互いに良く歌っており素晴らしい。
トリオロス・パンチョスを買って聞いてみる気になったが、どうせ聞くならベストではなくて当時発売されていたアルバムが良いと思いアマゾンでCantan En Espanol ( イーディ・ゴーメ&トリオロス・パンチョス)というアルバムを見つけて買った。買ってから1日3回このアルバムを聴くぐらいはまってしまった。

ジャケの感じもレトロで良い。
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by eday_eday | 2013-07-26 19:46 | Music | Trackback(1) | Comments(0)
言わずと知れたスタックスレコード、テネシーのメンフィスで設立されたサザンソウルのレーベルである。オーティス・レディング、サム&ディーブなどソウルミュージックの立役者を輩出したが70年台に倒産してしまった。ディープなソウルは時代を越えて心に響き、ソウルビートに泣かされる。酒を飲みながらほろ酔い気分で聞くと最高である。
Stax 50th Anniversary Celebrationはスタックスの代表的ミュージシャンを集めた貴重な記録であり、捨て曲が無い。
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by eday_eday | 2012-01-27 18:17 | Music | Trackback | Comments(0)

マイルス没後20年

マイルスデービスが他界し今年で20年を迎えた、正確には1991年9月28日に亡くなったので明後日が命日となる。
(マイルスとの出会い)
初めて聞いたアルバムは高校の友人から良いと言われたMiles Aheadという1954年の作品でこれを1971年(16.17歳)ごろ聞いたわけである。はっきりいって詰まらないと思った。ギル・エバンスのアレンジでオーケストラが入っているもので友人には悪いがピンとこなかった。未だに聞きなおしていないが今なら気に入ったと思う。生まれた年に出たアルバムはマイルスといえど古めかしく感じたし、ハードロックを聞いていた私としては当然聞き入れるものではなかった。Miles Aheadは白人の貴婦人らしい女性がヨットに乗っているジャケットでマイルスはこれが非常に気に入らなかったと自叙伝に書いてあった。しかし、白人のマーケットを考えた場合このジャケットを採用した。つまりこのアルバムは古いアメリカの時代背景もあったときの作品だった。もし、このときIn A Silent Way(1969)やBitches Brew(1969)を聞いていたらマイルスを即、好きになっていただろうと思う。音楽は時代を映している。流行というはすっぱな言い方をすればそれは聴く時代によって、古めかしく聞こえるだろう。音は生き物である。ボコーダーで変えられたボーカルは新しく聞こえるが何年か経つと古めかしく聞こえるかもしれない。しかし、先端を目指した音楽の価値は普遍的で今でも力強い。
by eday_eday | 2011-09-26 19:06 | Music | Trackback(29) | Comments(0)
さて、唐突にウッドストックのことを書きたくなった。1969年8月15日(金曜日)から18日(月曜日)の4日に跨る大規模な野外ロック・コンサートがニューヨーク郊外のホワイト・レイクで開催された。このフェスティバルには45万人以上の人々が集まり、ニューヨークからの経路にあたる道路は大渋滞のため閉鎖された。これが歴史的出来事として記憶されるウッドストック・ミュージック・フェスティバルで今から約40年も前のことである。私は当時中学生で数年後に映画になったこの歴史的イベントを見に行った。大きいスクリーンに映し出された映像はウッドストックそのものを見ているように非常に興奮したことを覚えている。参加したミュージシャンは考えられないほど豪華な顔ぶれが揃っていた。反戦フォークシンガーのジョンバエズ、カントリーロックの クリーデンス・クリアー・ウォータ-リバイバル(CCR)、今は亡き伝説となったジミ・ヘンドリックスとジャニス・ジョプリン、Funkyな黒人ロックグループのスライ・アンド・ファミリーストーンズ、 ロービー・ロバートソンの渋いギターが素晴らしいザ・バンド、イギリスからは天才ギターリストのアルビン・リー率いるテン・イヤーズ・アフターそして、ここでデビューを飾ったマウンテンやラテンロックを形成せしめたサンタナなど70年代へのロックの胎動はウッドストックから始まった。
DAY ONE
Richie Havens
-High Flyin' Bird
-I Can't Make It Anymore (3:50)
-With A Little Help
-Strawberry Fields For Ever
-Hey Jude
-I Had A Woman
-Handsome Johnny (5:07) )
-Freedom (6:10)
Country Joe McDonald
-I Find Myself Missing You
-Rockin' All Around The World
-Flyin' High All Over The World (1:51)
-Seen A Rocket (1:22)
-Fish Cheer/I-Feel-Like-I'm -Fixing-To-Die-Rag (3:15)

John B. Sebastian
-How Have You Been My Darling Strangersー
-Rainbows All Over Your Bluesー (3:46)
-I Had A Dream (2:36)
-Darlin' Be Home Soonー
-Younger Generationー (3:04)

Incredible String Band
-Catty Comeー
-This Moment Is Different
-When You Find Out Who You Are(0:37)



Sweetwater
-Motherless Child
-Look Out
-For Pete's Sake
-Day Song
-What's Wrong
-Crystal Spider
-Two Worlds
-Why Oh Why

Bert Sommer
-Jennifer(2:30)

Tim Hardin
-If I Were A Carpenter (2:35)

Ravi Shankar
-Raga Puriya-Dhanashri/Gat In Sawarital (10:52)
-Tabla Solo In Jhaptal (9:00)
-Raga Manj Kmahaj (3:50)
-Alap Jor
-Dhun In Kaharwa Tal
-Medium & Fast Gat In Teental

Melanie
-Beautiful People (3:45)
-Birthday Of The Sun (3:21)
Arlo Guthrie
-Coming Into Los Angeles (2:51)
-Walking Down The Lineー (4:15)
-Amazing Grace

DAY TWO
Joan Baez
-Joe Hillー (2:41)
-Sweet Sir Galahadー (4:37)
-Drug Store Truck Driving Man (2:48)
-Swing Low Sweet Chariotー (2:09)
-We Shall Overcomeー

Quill
-Waitin' For You (1:06)
Keef Hartly

Santana
-Persuasion (2:45)
-Soul Sacrifice (12:02)


Canned Heat
-A Change Is Gonna Come/Leaving This Town(7:56)
-Woodstock Boogie (4:15)
-Going Up The Country (3:20)
-Let's Work Together
-Too Many Drivers At The Wheel

Mountain
-Blood Of The Sun (3:05)
-Stormy Monday
-Long Red
-For Yasgur's Farm (then untitled)
-You And Me
-Theme From An Imaginary Western (5:44)
-Waiting To Take You Away*
-Dreams Of Milk And Honey {Leslie West quote}
-Blind Man {Leslie West quote}
-Blue Suede Shoes {Leslie West quote}
-Southbound Train (3:30)

Janis Joplin
-Raise Your Hand (5:28)
-As Good As You've Been To This World (6:11)
-To Love Somebody (5:10)
-Summer-time (5:05)
-Try (Just A Little Bit Harder) (4:15) -Kosmic Blues (5:05)
-Can't Turn You Loose (8:28)-Work Me Lord (7:00)
-Piece Of My Heart (4:03)
-Ball and Chain (6:14)
Sly & The Family Stone
-Love City (6:21)
-Dance To The Music (2:10)
-Music Love (6:59)
-I Want To Take You Higher (4:07)

Grateful Dead
-St. Stephen (90 min.)
-Mama Tried
-Dark Star/High Time
-Turn On Your Lovelight

Creedence Clearwater Revival
-Born On The Bayou
-Green River (3:06)
-Ninety-Nine And A Half (Won't Do) (3:41)
-Commotion (2:45)
-Bootleg
-Bad Moon Rising
-Proud Mary*
-I Put A Spell On You (4:34)
-Night Time Is The Right Time
-Keep On Choogin'
-Suzy Q

The Who
-Heaven And Hell*
-I Can't Explain*
-It's A Boy*
-1921
-Amazing Journey
-Sparks (4:02)
-Eyesight To The Blind -Cristmas
-Tommie Can You Hear Me
-Acid Queen*
-Pinball Wizard (2:22))
-Abbie Hoffmann Incident (0:16)
-Fiddle About
-There's A Doctor I've Found
-Go To The Mirror Boy*
-Smash The Mirror
-I'm Free -Tommy's Holiday Camp
-We're Not Gonna Take It
-See Me Feel Me (6:05)
-Summertime Blues (3:40)
-Shakin' All Over
-My Generation (2:26) -Naked Eye (2:35) ab (1:44)

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by eday_eday | 2011-09-16 14:29 | Music | Trackback | Comments(0)

Rock昔の思い出

Rockはどこか奇抜なものが潜んでいないと面白くないし、ポップなところがないとつまらないと思っている。歌詞など判らないても良い。聞いていて楽しければいいのである。歌詞を理解したら聞いていられない曲なんかいっぱいあるし、ネイティブでなければ判らないものも多い。Rockといってもイギリスとアメリカの音楽なので極論すればたった2カ国のしかも英語圏の音楽を日本人は聞いているのである。良く考えるとおかしなものである。

スティーブ・バイを聞く
Yahooに掲示版が出来ていろいろな書き込みを見ていた。「あなたにとって最高のギターリストは?」という掲載にジェフ・ベックやクラプトンなどビッグ・ネームの中にステーブ・バイの名前を見た。スティーブ・バイも十分有名ではあるが80年代に入ってからは殆ど70年以降のRockを聞いていなかったので当然、バイなどというギタリストは知らなかった。そもそも70年後半にパンク・ロックの何が良いのか理解できずそれ以後Rockは聞かなくなっていた。掲示版にバイの凄さを語る熱き人たちに触発されて、Fire Gardenを聞いてみた。結構良かった。バイも37,8歳のおじさんだが、80年代からサッパのギターリストだったし、デビット・リー・ロスのバンドにいたりということを知って近親感を覚えた。おまけにつまらない(失礼)G3ライブまで買ってしまった。
バンヘイレンのコンサート
22,3歳の頃、バンヘイレンが来日し、中野サンプラザでのコンサートを聞きにいった。デビット・リー・ロスがボーカルだったファーストアルバムが出た頃のことで、夢のような感動を覚えた。しかし、考えると当時日本では人気があった訳では無いのによく来たなと今でも思っている。今から20年以上も前のことである。しかも、サンプラザで!ほぼファースト・アルバムをそのまま演奏していたがエディのギターの大きな音にはびっくりした。キンクスのカバーのYOU REALLY GOT MEやデビット・リー・ロスのアコースティックギターで始まるICECREAM MANが生で聞けた訳である。その後、JAMPまでアルバムを買ったが以後、ファースト・アルバム以上の衝撃を受けないアルバムばかりを出すので聞いていない。ボーカルがサミー・ヘイガーに変わったまでは知っているが、今は全く知らない。
シカゴのライブ・イン・ジャパンを買って
シカゴを最初に聞いたのは中学か高校の時だったか忘れた。しかし、Question 67 & 68(シングル盤を買った。)が最初に聞いた曲だった。シカゴは、B.S.T(ブラッド・スエット&ティアーズ)やチェイスなどと当時、ブラスロックというホーンセクションを持つバンドとしてカテゴライズされていたが、トランペットやトロンボーンが中心のバンドではなかった。演奏についてはギターがリードフレーズを取るものが多く、ブラスが入るとどこか丸くなってしまいロックとして攻撃性が無くなってしまうが(先のB.S.Tなど)、シカゴに関してはブラス・バンドでは無くギター・バンドだと思っている。そんなことはどうでも良いのだが、大学に入ってからシカゴ・アット・カーネギー・ホールを大枚7千円強を払って買った。シカゴの代表的な曲のライブ録音を聞いて見たかったからだ。これはシカゴの名盤であると思っている。擦り切れる迄良く聞いた。しかし、先だって(1998年12月)シカゴのライブ・イン・ジャパンを買った。本当はカーネギーが欲しかった。だがレコードコレクター誌(1985年発行の本がたまたま家に残っていた。)を読んだのがいけなかった。カーネギーはシカゴのメンバーがライブ・レコーディングに伴う制約で本来のプレイが出来なかったなど不満を漏らしているし、評論家の評価もかんばしく無く演奏や録音などもジャパンが上だとの記述があったので惑わされジャパンを買ってしまったからだ。実際はジャパンの方が最悪だった。Question 67 & 68など数曲は日本語で歌われヘンテコな感じ、聞く気もしない。櫻井とかいう評論家に恨みはないが自分の耳を信じるべきだった。私も個人的にお気に入りのアルバムを紹介しているが第三者には当てにならない。その評論家の好きなバンドの傾向で判断しないとやけどする。むしろ、嫌いなアルバムを紹介する方がわかり安いかも知れない。わたしはイエスやピンクフロイドは現在、1枚のCDも持っていない。特にイエスはなんと云うアルバムか忘れたが過去に1枚聞いて感じるものがなかったので以後は何も聞いていない。1枚で嫌いと判断するのは問題なので再びトライしようと考えているが....。カーネギホールはRocKの録音には不向きなようだ。スティービー・レイボーンのカーネギー・ホールでのライブも音は良くないが、オーディエンスとバンドの間の雰囲気は凄く良いので録音状態が気にならない。不思議なものである。
クラプトンとレゲエ
高校3年の時、エリック・クラプトンの461・オーシャン・ブルーバードというアルバムが発売された。1974年のことである。結局このアルバムは未だに買っていない。クリーム以後のクラプトンにはあまり興味が当時わかなかった。ただし、このアルバムの中の曲であるI Shot The Sherrifがボブ・マーレイの曲だと知ってウェイラーズやサード・ワールドと言ったレゲエ(REGGAE)を聞くきっかけとなった。その後、アスワドやインナー・サークルなど様々なグループが日本の音楽市場で売れるようになりレゲエ・サンスフラッシュまで開催される賑わいはひとえにクラプトンの影響も大きかったと思う。因みにオーシャン・ブルーバードの翌年1975年の安息の地を求めてというアルバムはクラプトンの中ではレゲエをクラプトン流に消化したのか自然で、渋くて味わいがあって結構好きである。
オールマン・ブラザース・バンド
73年にBrother And Sistersというアルバムが発売された。オールマン・ブラザース・バンドのベストセラーで全米2位を記録するサザンロックの名盤である。オールマンをよく知っている人はふざけるな言うだろうが、私が聞いた最初のサザンロックのアルバムであった。そこにはグレック・オールマンの兄ドゥエインは事故で他界し、すでにいなかった。レイドバックに象徴される流麗なディッキー・ベッツのギターと哀愁を含んだグレックのボーカルが素晴らしい。Rambln Manのキャッチな曲は除いて、SouthboundやJessicaはいかにもアメリカ南部の生み出したサウンドに違いないと思う。さて、その後ドゥエイン・オールマンのいたオールマン・ブラザース・バンドを遡って聞いて来た。1971年のフィルモア・イースト・ライブはアルバムのライナー・ノーツに書かれているようにライブ・アルバムのランドマークと言える名盤である。一家に一枚ならぬ二枚(2枚組み)というロックファンの常備品だろう。全篇ブルージで骨太でワイルドな演奏、とりわけ長いインタープレイは70年代の一つのスタイルであり、このライブに居合わせた人はつくづく幸運だったと思う。エリック・クラブトンらのいとしのレイラではドゥエインが参加しているが、クラプトンがクリーム以後、やりたかったのはこんなアルバムだったのではないだろうか、In Memory Of Elizabeth Reedやティーボーン・ウォーカーのStormy Mondayは特に私の好きな演奏である。また、72年のEat A Peach(Live)もフィルモア・ライブに劣らず名盤である。オールマンに興味のある人は、何れかのアルバムとBrother And Sistersを買えば良いだろう。サザン・ロックが気に入ったらレナード・スキナードやマーシャル・タッカー・バンド、アウトローズあたりを聞けば面白いだろう。彼らを生んだキャプリコーンやアリスタというレーベルは今もあるのだろうか?
 
by eday_eday | 2011-09-16 14:11 | Music | Trackback | Comments(0)