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Paradise & Lunch(胃がんの記録)

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愛犬ショコラが天に召され、淡々と過ごす日々だったが2016年8月に胃がん手術、闘病記となった。(2011.7.Sep)

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6.70年代前半のロックの開花

TVメディアやオーディオ機器の普及に当たって音楽も巨大産業化しつつあった70年代。ベトナム戦争下の70年代前半は反戦など訴えたグループやアーティストが多かった。ジョンバエズ、ボブ・ディラン、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、ピーター・ポール&マリーなどのフォーク勢やビートルズ、ジェファーソン・エアプレーン、ドアーズなどである。
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また、ソウルのエドウィン・スターやマービン・ゲイ、カーティス・メイフィールドもいた。ジョンレノンの「Imagine」は今でも心が打たれる。英国史上最高のシングル曲(ギネス世界記録)に選ばれ「クイーン」の「Bohemian Rhapsody」に続く2位に記録されている。ディープ・パープルの「Child in Time」やブラック・サバスの「War Pigs」もベトナム戦争への反戦歌である。話をハードロックに戻すと70年代はディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどイギリス勢だけで無く、アメリカやカナダ、ドイツでも様々なグループが出現し、バン・ヘイレンやメタリカ、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、カンズ&ローゼズ、ボンジョビ、ジューダス・プリーストなどへの礎を築いた。私が好きで良く聞いたバンドでは、「ハートブレイカー」で有名な「グランド・ファンク・レイルロード」で特にLiveアルバムの「グランド・ファンク・ツアー ’75(Caught in the Act)」はお気に入りで今でも良く聞く。「Heart Breker」「The Loco-Motion」、「We're an American Band」などヒット曲の入ったベストアルバム的な選曲となっており、スタジオ録音盤より迫力がある。特に「Black Licorice」は一聴に値する。Mark Farner (Gu, Org, Vo)、Don Brewer (Dr, Per, Vo)、Mel Schacher (Ba) 、Howard Eddy, Jr.(Key)が一体となってシンフォニーを奏でる。ハワードのキーボードのソロが特に良い。77年に解散してしまうがロック史に残るバンドである。
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次は「ブルー・オイスター・カルト」で今では古臭さもあるが代表作では「(Don't Fear)The Reaper」がある。ヘビーメタルの源流となったバンドと称されているが、そもそもハードロックとヘビーメタルの違いがはっきりしない。思うにメタリカのような高速のリフを中心に展開させるバンドはヘビメタって思う。一方、長いギターソロを聴かせどころとして楽曲を展開するバンドはハードロックなのかなとも思う。HR/HMの違いなどはどうでも良いがその後、スラッシュメタル、デスメタル、プログレッシブ・メタルなどとドンドンとジャンルが細分化されマニアックになる。「Blue oyster cult」は1967年にアメリカで結成されたハードロック(ヘビメタ?)バンドである。ギター3本でギンギンになり響くサウンドは圧巻であるが、基本的にはメロディアスでキャッチな曲が多く聞きやすい。「Godzilla(ゴジラ)」などは映画ゴジラのセリフを丸暗記した日本語のナレーションが入っている曲もあってB級バンド感がたまらない。特に(Don't Fear)The Reaperは今ではギターソロの部分は古臭い感が否めないが、曲の壮大さと美しさは彼らのセンスの良さを物語っている名曲である。日本では片隅にいる感はあるがすばらしいバンドである。また、「Santana」は一般的にはラテンロックとのラベルが付けられているが、ハードロックの範疇に入ると思う。1969年に開催された野外コンサート「Woodstock Music and Art Festival」で見せた「Soul Sacrifice」の演奏は度肝を抜かれた。「マイケル・シュリーヴ(Dr」、「ホセ・チェピート・アリアス(Per)」,「マイケル・カラベロ(Per)」、「デイヴ・ブラウン(Ba)」の強力なリズムセクションと絡まるサンタナのギター、グレッグ・ローリーのキーボードは聴いているだけで汗をかくようなエネルギッシュな躍動感を感じる名演である。その後、「Santana (1969)」、「Black Magic Woman」の入った「Abraxas (1970」、ニール・ショーン(その後ジャーニー)を加えた「Santana III (1971)」。サンタナの泣くような甘いそして、伸びる甲高いキターの音色と激しいコンガとドラムのリズム・セクションとの融合されたサウンドはサンタナバンドの独自のユニークさでロックとしてのラテンの取り込み方が絶妙である。マロやアステカなども良いバンドだがサンタナのようなギターの躍動感が少なくロックとして聴いた場合は物足りなさを感じる。その当時はジャズもマイルスが推進した電化によってフュージョンというジャズのロック化が盛んに進んでいた。そのような中でサンタナも変化しジャズ・フュージョンへのアプローチと思える「Caravanserai(1972)」が発売された。高校生のまだ無邪気な自分はラテンロックの更に続きを聞きたい思いだったため、この最高傑作を理解できずこのアルバムにがっかりした思い出がある。しかし、聴きだすと緻密に構成された楽曲、トータルアルバムとしてのコンセプトに基づいて緩急調和のとれたエレガントな楽曲の進行、サンタナにとって後にも先にもこのアルバムを超える作品はないような奇跡が創り出したアルバムだと言ったら大げさだろうか?ボサノバの創成者でブラジルの作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンの「ストーン・フラワー」がサンタナの編曲によって原曲以上の好演がなされており後日になるがサンタナの音楽への造詣の深さに驚いた。グレッグ・ローリーとニール・ショーンはこのアルバムの後、サンタナを抜けジャーニーを結成するがこのアルバムですべてを吐き出した感がある。その後、サンタナもこのアルバムでやり尽くした感がありJazz、Fusionへのアプローチが続き、ジョン・マクラフリンなどとJazzの「ジョン・コルトレーン」の曲をアルバム化しラテン色が無くなりはじめた。私も興味が薄らいだ。とにかく「キャラバンサライ」がきっかけとなってサンタナが次の音楽の方向性を模索する時期でもあったと思う。結果としてフュージョンのギターリストとして「ジョン・スコフィールド」や「パット・メセニー」のように活躍できたと思うがまた、ラテンロックの道を進んでいった。続いてよく聞いたのがジェファーソン・エアプレイン出身のギターリスト「ヨーマ・カウコネン」のウエストコーストのバンド「ホットツナ」。日本では知る人ぞ知るといった極めて知名度のないブルースロック・バンドである。ディストーションの掛かったサイケデリックなギターに圧倒される。アルバム「 America's Choice」 (1975)、 Yellow Fever (1975)、 Hoppkorv (1976)の「Hit Single#1」、「Song for the Fire Maiden」、「Santa Claus Retreat」、「Watch the NorthWind Rise」、「It's So Easy」、「Bowlegged Woman, Knock-Kneed Man」など良く聞いた。ところでアメリカンロックのイギリスに無い特長としてはカントリーやサザンロックを代表するアーティストの存在もコアになっている。CCRこと「Creedence Clearwater Revival」や「The Allman Brothers Band」である。CCRについては兎に角よく聞いた。「プラウド・メアリー」、「ダウン・オン・ザ・コーナー」、「雨を見たかい」など名曲を放ち「ジョンフォガティー」の魅力的な唱法と泥臭いギターの音色を堪能した。オリジナリティのあるロックンロールとブルースロック、「スワンプ・ロック」とも呼ばれた彼らの演奏に影響を受けたアーティストも多い。個人的に好きで今もでも聴く曲はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスのブルースのカバーで「I Put A Spell On You」でフォガティの思い入れたっぷりのボーカルと間奏のギターソロが良い。オールマン・ブラザース・バンドはサザンロックの雄でジョージア、アラバマ、テネシー、テキサス、フロリダ、オクラホマ、アーカンソー州といったアメリカ南部生まれのミュージシャンによるブルースやカントリーミュージックをルーツにしたダイナミックでソウルフルなギターワークを信条とするロックと言える。特にデュアン・オールマンを擁した「オールマン・ブラザース・バンド」の「フィルモア・イースト・ライヴ」でのパフォーマンスは圧巻で「オールマン・ブラザース・バンド」のもう一人のリードギターリスト「デッキー・ベッツ」の曲「エリザベス・リードの追憶」や「Statesboro Blues」などブルージでイギリスのバンドに無いアーシーな本場の「マディ・ウォーターズ」など南部の黒人ブルースマンを吸収したサウンドが聴ける。また、デュアンの弟のグレックのボーカルも物憂い湿った感じが良い。デュアンはその後、先にも書いたがバイク事故で死亡する。その後、「デッキー・ベッツ」と「グレック・オールマン」で「オールマン・ブラザース・バンド」を継続し「ブラザーズ&シスターズ」など名盤を出している。デュアンの死後はレイドバック(ゆったり)とした雰囲気の演奏となり。グレックが出したアルバム「レイドバック」に代表される。デュアン時のオールマン・ブラザースの熱気がとれたくつろいだものとなった。「ブラザーズ&シスターズ」の中のインストの名曲「ジェシカ」と「エリザベス・リードの追憶」を比べて聞いて見ると良くわかる。サザンロックというカテゴリーには多くの南部のミュージシャンがいるが取り分け「レイナードスキナード」も良く聞いた。「One More From The Road」のライブアルバムの亡き「デュアン・オールマン」に捧げられた「Free Bird」は11分以上の長尺の曲だがトリプルリードギターのインプロビゼーションは圧巻で「ロニー・ヴァン・ザント」の聴衆に訴えかけるボーカルと相まって聴きごたえのある名曲である。「ロニー・ヴァン・ザント」とともにバンドの主要メンバーは77年に飛行機事故で他界し、「レイナードスキナード」は解散してしまった。アメリカ国内は広く飛行機事故死亡したミュージシャンも多い。サザンロックの後継として「アウトローズ」、「モリー・ハチェット」「アトランタ・リズムセクションも聴いた。アメリカに関してはブルース・ロックからサザンロック、ハードロック、ヘビーメタルと音楽のジャンルが広がっていった。マイナーな中にも個性的なバンドも多くあってロックのすそ野は広がり、何か面白いバンドが無いか六本木の「DUN」、渋谷の「CISCO」、吉祥寺の「ジョージア」安く手に入る¥1,700ぐらいの外国版専門店を良くあさっっていたものである。「テンイヤーズアフター」や「ローリー・ギャラガー」、「クライマックス・ブルース・バンド」、「モントローズ」、「キャンドヒート」、「バニラファッジ」「カクタス」、「クイックシルバー・メッセンジャー・サービス」など探し出しては聴き、聴き終わると探し続けた時代である。プログレッシブ・ロックとして「キングクリムゾン」「ピンクフロイド」「エマーソン・レイク&パーマー」、「ムーディー・ブルース」「イエス」「ジェネシス」「ジェスロタル」、「キャメル」なども聴いた。ピンクフロイド、イエスはどうも馴染めなかったが収集はしている。忘れてはいけないのが「シカゴ」、「BS&T」、「チェイス」などブラスセクションを持つバンド、特に「シカゴ」は良く聴いた。「テリー・キャス」のギターが良く「chicago at carnegie hall」「サウス・カリフォルニア・パープルズの演奏はすばらしいものだった。また、カナダ勢も良いバンドが多くこれも良く聴いた「バックマン・ターナー・オーバードライブ」、「トライアンフ」、「フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュ」、「モキシー」も忘れてはならないアーティストでブルース・ロックからハードロックのつながりの中で活躍した多くのバンドがあった。また、ボブ・ディランなどフォーク・ソフト・ロック勢としてイギリスも含めて「サイモン&ガーファンクル」、「ジム・クローチ」、「エルトン・ジョン」、「カーペンターズ」、「キャロル・キング」、「キャット・スティーヴンス」、「シールズ&クロフツ」、「アメリカ」、「アメリカン・パイ」の「ドン・マクリーン」、「オザーク・マウンテン・デアデヴィルズ」など当時、全ては聴けなかったので遡って現在も聴いている。ブラックミュージックでは「スライ&ファミリーストーン」、「スティービー・ワンダー」、「アース・ウインド&ファイヤー」、「ファンカディック」「ジェームスブラウン」「クール&ギャング」、「ビリー・プレストン」などディスコブームと相まってロック的要素を取り込んだファンク・ロックバンド、ダンスバンドなども良く聴いた。また、JAZZからロックへのアプローチとして「マイルスデービス」が70年にアルバム「ビッチェズ・ブリュー」を出してフュージョンとしてロックとJAZZの融合が果たされた。ジョン・マクラフリンのギターがフューチャーされその電化されたサウンドに圧倒された想い出がある。後にウェザーレポートやハービーハンコック、チック・コリア、ビリーコブハムなどマイルスファミリーの活躍に広がった。
70年代初頭〜中盤までは第一世代の革命的アーティストが数多く生まれそれらがクロス・オーバーしてミュージックシーンの大変革が起きた時代とも言える。

7.70年代後半、ロックを聴かなくなった日
70年代後半はパンクロックの時代でUKでは「ピストルズ」、「クラッシュ」、アメリカでは「ラモーンズ」などが出てきて音楽が詰まらなくなってしまった。今は遡って聴いたりしているが、単なるコレクションである。変化が無く単調なコードで進行する曲は歌詞がわからなければ面白くはない従って、詰まらなくなってしまった。但し、「クラッシュ」のロンドン・コーリング (London Calling) は、パンクと言われているけど良いので良く聴いた。結局当時、結婚したこともあったり、仕事も忙しかったのでロックはあまり聴かなくなってしまった。80年代は積極的にロックを聞いた記憶があまりない。

by eday_eday | 2017-04-29 17:14 | Music | Trackback(4444) | Comments(0)

抗がん剤浮腫みで中止

浮腫みの原因が解らないとのことで4月26日、採血、胸部レントゲン、心電図を撮り検査を行う。心臓は働きが悪いようだとの事で更に不可テストを行うことに一度は同意したが、従来から今の状態なので心臓が良くなるあてもないだろうと思い抗がん剤治療が終わってからでも遅くないと思って落ち着くまで延期した。
by eday_eday | 2017-04-28 10:18 | 病気(胃癌など) | Trackback(659) | Comments(0)
白いつくしのような花です。

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by eday_eday | 2017-04-27 12:02 | 水槽 | Trackback(509) | Comments(0)
NHKきようの料理のパンレシピ(3月号)しらすパン 参考:粉リスオドル、ゴールデンヨット混合300g、イースト3グラム、塩2グラム、砂糖9g 発酵50分 200度10分
とても美味しかった。

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by eday_eday | 2017-04-27 11:58 | 料理 | Trackback(3286) | Comments(1)

ベーグル焼きました。

ベーグル焼きました。粉リスオドル250g、キビ糖10g、塩4g、水カップ1、190度で20分
どうも焼き上がりの生地にしわが寄ってしまいます。味は美味しいのですが見てくれがプロと違って悪く気になります。お湯の潜らせ方が悪いのか。。。。
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by eday_eday | 2017-04-21 18:20 | 料理 | Trackback | Comments(0)
術後242日目、本日通院して4月19日(水)に撮ったCTの結果を踏まえて今後の抗がん剤の治療をどうするのか決まると思っていたが、CTの結果でも原因が解らず心臓の状態によるものではないかとのことで次週の4月26日(水)に心臓の検査を行うことになった。その結果を踏まえて28日(金)診察に臨むことになった。浮腫みの原因が解らないとはかなり不安。どっかに原因があるはずなので心臓だった場合どうするのだろう。現在は利尿剤で溜まった水分を排出している。
by eday_eday | 2017-04-21 18:04 | 病気(胃癌など) | Trackback(4008) | Comments(0)
手術後235日目、本日病院で定期健診、4クール目からリンパ液が溜まり出した。リンパ節を取ったからか今頃むくみが酷くなった。ふくらはぎから始まり大腿部、鼠径部とお腹周りが浮腫みパンパンの状態になった。利尿剤を出して貰った。白血球、血球球が相変わらず減少し、抗がん剤治療5クール目は中断となり、浮腫みの状態を確認するため臨時に胸部、腹部のCTとレントゲンを撮った。医師はTS-1が合わないと考えているのか、別の薬に乗り換えることも示唆された。次週にCTとその結果で今後の治療を考えることになった。治療が変わる大いなる不安を抱きブルーな気持ちである。
by eday_eday | 2017-04-14 14:49 | 病気(胃癌など) | Trackback(14660) | Comments(0)
1.始まりはベンチャーズ
ロックというよりロック的音楽に日本人が遭遇したのは1965年に来日したベンチャーズがきっかけだろう。エレクトリックギターで約3分程度の軽音楽を演奏するベンチャーズは多くの日本人をまさにロックの入り口に立せ冒険者としたことに大いに寄与した。私自身もJAZZやbluesを全く知らない11~12歳の小学5、6年生だった時代だった。この時代アメリカではロックンロールから進化、発展したロックの時代を迎えた。
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話を元に戻すと今から思うとベンチャーズはまさに無邪気な大衆相手に低俗な音楽を失礼ながら巻き散らした。ベサメムーチョ(ラテン)、キャラバン(JAZZ)、I FEEL FINE (ビートルズ)など節操も無くエレキで弾く。いまだに多くの高年齢ファンに愛されるベンチャーズだがダイヤモンドヘッド、十番街の殺人、パイプライン、ワイプアウトなどは今までに聞いたことのないかっこよい音楽だった。当時ベンチャーズとビートルズが同列に扱われどっち派か?など訳のわからない状況もあったがロック志向が自分の中に芽生えた1960年代だった。1969年の【ダウン・ビート】誌でフランクザッパが面白ことを言っている。ザッパがあるコンサートで21歳以下の聴衆に対して「今、キャラバン(ベンチャーズの)のドラム・ソロ入りをやってほしいとリクエストを受けたんだけどさ」聴衆はどっと笑い。ザッパは「演奏しても良いし、やることも拒否しても良い」と問いかけた。ドラム・ソロ付キャラバンを聴衆が望んでないのでザッパはワイプアウト(60年台初期の低俗なポップ極めつけのようなナンバー)を3つのテンポで演奏した。頭の悪そうなリフはビニールのように跡形もなくなってしまった。ザッパは大衆と音楽に対して「毒にも薬にもならない凡庸なグループがみんなあれだけの莫大な利益を上げているのは、みんながあいつらのやっていることを気にいっているからだろう。月並みな音楽であればあるほどアメリカでは大勢の人々に受け入れられるのさ。そういうマーケットなんだよ。売り込む相手はヨーロッパのジャズ愛好家ではないんだ。相手にしなきゃならないのはアメリカ人なんだ。連中が好きなのはエンターテイメントであって本音じゃ音楽なんてのは大嫌いなのさ。つまりミュージシャンの提供する商品が現実逃避的マテリアルであればあるほど、確実に実入りがよくなるって訳だ。一般大衆は若くて見栄えが良いガキどもに惜しげもなく大金を注ぎ込むのさ。アーティストとしての才能なんか明らかに頭打ちでも、とにかく数売れるうちにどんどん出そうとね」ザッパは大衆は音楽は聴くためじゃなくて、見るためにあるという認識を持論としていささかシニカルに語っている。
(JAZZ LEGENDSダウンビートアンソロジーより引用)
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2.ビートルズの出現
音楽産業はザッパの言う通り、一般大衆向けのエンターテイメントとしてその市場を巨大化させ始めた。その一端を担ったのが1962年にデビューしたビートルズで1996年6月30日に来日した。当時のテレビは長髪(当時の感覚は不良のイメージだが長髪と言うほど長くない)のかっこよいビートルズに熱狂のあまり失神した英国の少女や追っかけの映像を繰り返し報道した。大人たちはその有様に眉を潜めた。私としては現シンコーミュージックエンターテイメントの当時の編集長の星加留美子氏がテレビでビートルズの解説する姿が今でも目に焼き付いている。確かにビートルズの出現は未だに革命的な出来事で私自身もその虜となった。すぐにレコード店に走り、HELP、涙の乗車券、I'm Down,Dizzy Miss Lyzzyの4曲入りEP番(4曲入りのシングル盤)を 買い一日中聞いていた。この盤面のメインはHELP、涙の乗車券だがなぜか、レノン・マッカートニーのI'm Downやカバー曲Dizzy Miss Lyzzyが大好きだった。その理由はハードだったということに尽きる。このハードな演奏を快いと思ったことがその後のロックの私の志向を決定づけた。また、Dizzy Miss LyzzyはR&Bのシンガーソングライターでピアニストであるラリー・ウィリアムスのカバーであり、この頃のビートルズはチャックベリーやリトルリチャード、マーベレッツ、シュレルズなどロックンロール、R&Bなどのアーティストのカバーが多く、彼らが黒人音楽に多大な影響を受けていることがうなずける。
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3.ローリングストーンズ・ジミヘンとブルース
ビートルズのミッシェルやイエスタディはよい曲であるが全く興味が持てなかった。ビートルズの功績や影響は偉大だが、ロックとして見た場合はポップ過ぎて物足りなかった。その後もビートルズと関わり合いながらロックを聞いていたが、ローリングストーンズはロックを幅広く聴くきっかけとなった。ストーンズはキース・リチャーズはミックジャガーがマディ・ウォーターズとチャック・ベリーのレコードを所持していたことから、お互いにロックンロールやR&Bに興味があることを知り、バンドを結成することとなった。(WIKIより)
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ストーンズの印象はビートルズの陽気さは無く不良ぽく、暗い印象で怒りや社会に対する若者の不満や嘆きが詰まったエネルギーを感じ大衆に迎合しない現実的な姿勢を感じるものだった。As Tears Go By、Time Is On My Side、Heart Of Stone、Street Fighting Manなど初期のストーンズは擦り切れるほどよく聴いた。
ストーンズが今日まで第一線で活躍していることはロックそのものの歴史を物語っている。私はロックの萌芽から今日のストーンズを追いかける事無くジミ・ヘンドリックスやクリームへと興味の矛先が変わっていった。ストーンズはブルースの影響を受けながらもミックジャガーのボーカルを中心とした聴かせるロックを標榜し、ギターのインプロビゼーション(アドリブ感)に趣を置いたもので無かったので物足りなさを感じていたと思う。ストーンズのデビュー曲Come On(チェックベリーのカバー)は名曲で未だに聴いている。
4.ジミヘンとの遭遇
自分にとって音楽は刺激と陶酔感だと言える。ブルース、ジャズ、R&B、ソウル、ロック、レゲエ、ラップ、クラッシックしかりである。常にインパクトのある音を求めて様々な音楽に興味を持ってきた。ストーンズからはまた違う音を求め出した。
当時15,6才の高校生の私が衝撃を受けたのはジミ・ヘンドリクスのギタープレイだった。特にアルバムエレクトリック・レディランド(Electric Ladyland)のCome On (Let the Good Times Roll)でのギターソローで畳み掛けるように叫ぶギターの咆哮には圧倒された。また、ボブ・ディランの名曲見張塔からずっと(All Along the Watchtower)は出だしのフレーズからこの曲の特徴を示唆する説得力を感じる。ディランもこの演奏を絶賛した。クロスタウン・トラフィック - Crosstown Trafficはジミのオリジナルであるが私の大好きな曲である。“Crosstown traffic yeah, look out.”のフレーズが頭にこびり付いて離れない。これはR&Bなのだと思う。ジミもディランや過去のミージシャンや音楽を吸収しブルースやロックンロールを基調とした上で自身のスタイルを確立した。また、クラプトンのクリームとともにハードロックの原点を刻印したと思う。フォローワーも含めてその後のミュージックシーンの形成に筆舌に尽くしがたい衝撃と影響を与えたし、私の音楽に対する志向も決定付けた。ディストーションの掛かった歪んだ音、雑音とも取り兼ねないもんどりうつ音の塊とスピード感、どれを取っても今までに聞いたことの無い音の連続。現在でもジミの感性はコピーできないジミのオリジナリティだと思う。
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1960年の終わりから1970年初頭に70年代以降を予見する音創りを見出したこのようなミュージシャンが何故生まれたのか不思議である。また、黒人でありながら白人ミュージシャンに多大な影響をし、感化したことは不思議である。当たっていないと思うがレニー・クラビッツのスタイルがジミに似ていると思っている。その後のミュージックシーンではジミに影響された多くのミュージシャンが生まれた。私がハードロックやヘビメタ好きになったのはジミの影響である。ジミは27歳の早すぎる生涯だったが、まだ、やりたいことが沢山あったと思う。残念な死だった。フェンダーのストラスキャスターが奏でるジミとマイルス・ディビスとのセッションが聞きたかった。
「ビッチェズブリュー」を凌駕する作品が出たかも知れない。
5.ハードロックへの傾倒
ジミ・ヘンドリックスやクリームの影響下で様々のハードロックバンドが出現した。クリームは知っての通りエリック・クラプトン(Gt)、ジャック・ブルース(Ba、Vo)、ジンジャー・ベーカー(Dr)のトリオでハードな卓越した演奏力のあるバンドだった。ブルースとベーカーの仲が悪かったためわずか2、3年で解散し、クラプトンはジンジャー・ベーカーとのブラインド・フェイスの後、デレク&ドミノスを結成し傑作いとしのレイラ (Layla and Other Assorted Love Songs)を生んだ。このアルバムにはデュアン・オールマンも参加し味のあるスライドギターの演奏が聴ける。その後、デュアンはバイク事故で他界する。
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クリーム時代と決定的違うのはテクニックゴリ押しの演奏では無く、歌心を伝える歌詞と演奏が調和した作品に仕上がっている点である。クラプトンは以後、ソロ活動を続けている。とは言えジミやクリームは電化されたギターやPA装置、ワウなどエフェクター類の音響機器の発達によってパワフルなロックを表現しハードロックやヘビーメタルの基礎を作った。「Sunshine of Your Love」、「White Room」に触発された多くの白人バンドが生み出された。ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバスなど。特に衝撃を受けたのが私は16歳(高2)だった時のディープ・パープルでアルバム「In Rock(1970年)」,「Fire Ball(1971年)」「Machine Head(1972年)」は貪るように聴いた。ジョン・ロード(Key)、リッチー・ブラックモア(Gu),イアン・ペイス(Dr),ロジャー・グローヴァー(Bs)イアン・ギラン(Vo)の実力あるメンバー構成でパープルが最も輝いていた絶長期だった。「Speed King」、「Strange Kind of Woman」「Fireball」「Highway Star」リッチー・ブラックモアの高速でドライブ感のあるギターソロとイアン・ギランのシャウトするボーカルがタイトなリズムセクションと相まって聴き手に陶酔感を与えた。
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ディープパープルはジョン・ロード(Key)の影響もあってデビュー当時はオーケストラとの共演「ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ」がありクラッシックの影響を楽曲に取り入れていた。そんな対局にあったのがレッド・ツェッペリンだった。彼らはブルースが基盤にあり、パープル同様に優れた演奏力に裏打ちされたバンドだった。パープルが解り易い分飽きるが、ツェッペリンは奥が深く湿った感じがあるのはブルースの影響だろう。楽曲が頭の中で様々な理解と解釈を想起させ演奏に深みが出ている。
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ファーストアルバムの「You Shook Me」はペイジの暗い引きつったギターのイントロからすぐにロバート・プラントの少しだけ悲壮感の漂うボーカルが始まるブルースナンバー。ギターとボーカルが絡み合い緊迫感の演奏が展開される。一般的には「Stairway to Heaven」、「Black Dog」などが入っている「レッド・ツェッペリン IV」が一番売れたアルバムであるが、私は粗削り感のあるファースト・アルバムが好きである。また、6作目「『フィジカル・グラフィティ』 (Physical Graffiti)」も良い。「Custard Pie」、「Kashmir」、「Down by the Seaside」などこのアルバムの曲は肩の力を抜いたツェッペリンが自然体で演奏していると感じる。以前のアルバムは気張ったハードなものだったが大人のロックになった。約50年前に録音されたアルバムであるが古さを感じないのはブルースを基調としてパープルのようなポップな作りでは無いからだと思う
ロックと私ーロックの系譜雑感ー(その2)に続く
by eday_eday | 2017-04-14 05:48 | Music | Trackback(5921)
胃癌手術より234日目、今まであまり意識しなかったふくらはぎのリンパ液による浮腫みがこの1週間酷くなった。ふくらはぎ、太もも、鼠径部(そけいぶ)お腹までリンパ液が体にたまり浮腫みでパンパンになった。68㎏の体重が78㎏と3月25日から約1か月間で10㎏も増えた。1日で2㎏以上も体重が増えることもある。日増しに浮腫みが激しくなってきた。足はまるで象の足!。浮腫みの原因は、抗がん剤とステージ”2Bでリンパ節を除去(廓清)したことが原因だろうか?。朝方は浮腫みの状態が多少下がるが午後から浮腫みだし、夕方にはパンパンの象足になって気が付くとお腹周りも浮腫んでいる。明日は通院日なので浮腫みの原因や改善方法など医師に確認して見ようと考えている。こう言った様々な体や体調の変化が癌の再発も含めて不安である。ほかの人のブログ見ても多くの人が浮腫みで困っていることがわかる。解決策は無いようである。
by eday_eday | 2017-04-13 06:11 | 病気(胃癌など) | Trackback(260) | Comments(0)

里山散歩

町田市は平地では無く、多摩丘陵にあったため開発がし難かった面もあり自然が広範囲に残っている。久々に七国山を越えて牡丹園まで散歩した。
ムラサキハナナ?
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七国山
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牡丹園(まだ、牡丹は咲いていないので休館中)
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野菜を直売してます。エシャロットとわさび菜などを買いました。
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ボケの花
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菜の花畑
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おしまい
by eday_eday | 2017-04-12 20:24 | 散歩と旅行 | Trackback | Comments(0)