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Paradise & Lunch(胃がんの記録)

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愛犬ショコラが天に召され、淡々と過ごす日々だったが2016年8月に胃がん手術、闘病記となった。(2011.7.Sep)

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心臓検査その後

去る㋅1日、15日と心臓検査で自転車を漕いで心臓の負荷検査と心エコーなど心臓の動きを検査した。その結果を21日に医師から聞いた。浮腫みの原因が心臓ではないかとのことで検査を行ったが結果ははっきりと因果関係があるとはわからないとのことだった。しかし、状況は思わぬ方向に行ってしまった。検査の結果心臓の収縮が悪い部分があって心臓に栄養が届いていないとのことだった。
自覚は無いが医師の言うところでは過去に心筋梗塞を起こした形跡があるとのことだった。栄養が届いていない原因は心臓への動脈が細くなっている可能性があるとのことだった。7月20日に入院し造影剤をいれて血管の状態を検査することになった。あらぬ方向に話が言ってしまった。癌と心臓!本当に精神的に疲れている。

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by eday_eday | 2017-06-23 06:13 | 病気(胃癌など) | Trackback | Comments(0)

ペリカンの食パン

このパン屋さんは台東区の田原町にあって町田からは遠い。小田急、千代田、銀座線と乗り継ぎしてここまで行く。田原町の交差点から2~3分で「ペリカン」の着く。「ペリカン」は食パン専門店と言っても良く、バターロールやホットドッグやハンバーガー用のパンと角型の食パンのみの至ってシンプルな4種類ぐらいしか焼いていない。店内の棚には袋詰めされたパンがおかれ販売員がマンツーマンで接客している。また、パンを予約している人も多く棚には顧客の名前?のラベルが張られたパンが置かれている。ちょっと不思議なパン屋ではあるが、多種類のパンを販売するよりは少数のパンに注力し質の良いパンを提供することをその旨としているようだ。パンはハードでがっちりとして重い。普通このようなパンは粉っぽい焼きが足りないパンとなるがもっちりとした味わい深くおいしい。特にトーストすると露出面がパリットして独特な食感があって忘れられない。わざわざ買いに行く価値はある。
ペリカンの食パン_a0240026_5402290.jpg


http://www.bakerpelican.com/
〒111-0042 東京都台東区寿4-7-4 
TEL: 03-3841-4686
営業時間 8:00~17:00
休業日:カレンダーどおり 日曜日・祝日・特別休業日(夏・年末・年始)
by eday_eday | 2017-06-23 05:38 | 旨いもの | Trackback | Comments(0)

健康から世界を見る

健康から世界を見る_a0240026_20292606.jpg
健康に対する認識は人それぞれで異なるが病気になったときに健康の大切さに気づき、考えさせられるものである。
自分が病気でなかったら他人の病気は他人事で済ませられる。
何事もなければ健康が当たり前と思うことは傲慢さなのかも知れないと思うようになった。
三原じゅん子議員が受動喫煙に関して「働きながら治療するがん患者は店を選べない」と訴えた際、
大西英男議員が「働かなければいい」と言ったことは記憶に新しく、彼の傲慢さ示している。

健康状態でいる人間は人の苦しみというものを理解することには疎いものだと思う。
だから平気で生きていけるということなのかも知れない。
人は動植物の命を食して生きているし、過労を放置して
過労死を起こしているブラック企業も人の命を食べて生きているに等しい。
人や生物の存在価値に関心を持ち自分以外の生物が自分を支えてくれている
ことに気づき感謝すればもっと人や動植物に優しい世界になると思うのだが、
現実には人は他人や他の生物に対する生命に関して無関心でいられる。
中東で戦争が起きてもヨーロッパでテロが起きて多くの人が犠牲になっても
どこか遠い国の他人事だと思っている。
世界には健康に暮らしたいと思っても暮らせない多くの人がいる。
「健康に生きることとはこの世界をどう構築してゆくことにも
繋がると言えば大げさだろうか?」
健康に問題があれば多くの資産・財産をもっていても
それを投資、蓄財しようが、消費しようが何の意味もなさない。
無理して蓄財に努めても病気の治療や働けなくなって財を失えば
本末転倒というものだろう。皮肉なものである。
また、どんなに身体を鍛えても、健康に良い食材を摂取しても
病気になるときはなるので理不尽なものである。
しかし、健康に務めることには意味がある。
生命体として生存している言うことは経済的に自立している
ことは勿論のことだが生物的にも健康な状態で自身の体が
維持されていることは自身の体の働きに感謝すべきである。
病気になったり、年を取り体が老化すると物事をより深く
考えるようになるようだ。今まで関心が無かったことが
切実なことだと思うこともある。

死と言うものを近くに感じることがそうさせるのか
何か一貫性をもって自分が生きてきたのかなど
気になって来る。社会に責任を持つ必要性など
あまり考えてこなかったがもっと別の生き方
もあったのではないか、もっと生きる意味を考えて
人生を送るべきだったのではないのかいささか
哲学的な心境の自分がいるのはおかしくもある。
健康な暮らしができること、誰でも健康に暮らしたいと考えているだろう。健康になるために何をすべきか考えれば自ずと何をすべきか見えてくる。健康を尺度として世界を見ると
「ミサイルを打ち上げれば国民の健康な暮らしが補償されるのか」
「内戦のシリアは戦争に勝利すれば健康な暮らしが取り戻せるのか」
「地球温暖化対策の国際ルール”パリ協定”から米国が離脱すれば
米国民の健康な暮らしが約束されるのか」
健康を軸にして考えると人類の愚かさが見えてくる。


by eday_eday | 2017-06-08 15:17 | 独り言 | Trackback | Comments(0)